4月23日(日)
034 ブンデス ボルシアメンヘングレートバッハ×ボルシアドルトムント
ボルシアダービー。ボルシアとはプロセイン公国のドイツ語読みである。そのことを改めて知る。ミッドウィークのドイツ杯準決に向けて、スターティングメンバーを大きく替える。オバメヤン、香川、ヴァイグル、ソクラテスを休ませる。個々数試合同様、FWのキレがいまいちで、DFの簡単なミスが多い。最終的には3-2で勝つも、60分までは緊張感の欠けた試合であった。

4月22日(土)
東京理科大学に行き、1年生にレクチャーを行う。「未来を思索するために建築にできること」と題し、遠藤研新入生に向けたものにつくったものに建築概論的なものを加えた内容の講義をする。人は、美学をはじめとする慣習の上で思考をする。これによって問題を収束、深めることができるが、問題を拡げる指向をすることは難しい。しかし過去には、そのジレンマから抜け出すことができた作品がいくつかある。その実例を紹介した。講義後、予想外に多くの質問を受けたことにびっくりする。彼らにいくらかの刺激を残すことができればと思っていた。塩谷くんから、美学とスペキュラティヴ・デザインを結び付けたことの新鮮さを感想としてもらう。美学を明確に言及している建築書はあまりないことに気づく。「第一機械時代の理論とデザイン」「モダンデザインの展開」などの著書はむしろ例外であったのだ。この事実に興味が湧く。理大構造の永野先生から「建築学」をもらう。世界遺産「国立西洋美術館」を、建築の様々な分野の先生が解説する本である。少し切り口が固い印象があるが、面白い試みである。

4月21日(金)
夜に「ダウンタウン物語」を観る。出演者が全て子どもで、1930年代禁酒法時代のアメリカを描く。期待とは裏腹で、コメディに近い作品であった。まだ14歳のジョディー・フォスターの妖艶さだけが印象的である。学会選集に応募する作品の英文をレジスとチェックする。コンテクストを共有できない状況での作品紹介を試みることで、主張をより明確にする。ぼくらは、日本というコンテクストにかなり依存してしまい、モノの本質への接近が実はできないでいる。

4月20日(木)
033 CL モナコ×ドルトムント
前半早々2点を失い、ドルトムントは逆転の希望が絶たれる。しかし後半直後に1点を取ることで、希望をつなぐ。その後の幾度もあったチャンスを得点に結び付けていれば流れも変わっただろう。前回同様、モナコの2人のFWを怖れ、DFが自らズルズルと後退してしまったのが大きな敗因である。失点してからはそれが吹っ切れたのか、いつものプレーがドルトムントに戻ることができた。加えて今日もトゥヘルの奇襲が裏目にでた。怪我明けの若いドゥルムを使うも、前半20分で交替させる羽目に。その後に投入されたデンベレがよく、そのため香川のマークも外れ、2人によって攻撃が連動した。ドゥルムへの要求が、攻めか守りか不明確であったのでないか?この2点が少し悔やまれる。

4月20日(木)
033 CL モナコ×ドルトムント
前半早々2点を失い、ドルトムントは逆転の希望が絶たれる。しかし後半直後に1点を取ることで、希望をつなぐ。その後の幾度もあったチャンスを得点に結び付けていれば流れも変わっただろう。前回同様、モナコの2人のFWを怖れ、DFが自らズルズルと後退してしまったのが大きな敗因である。失点してからはそれが吹っ切れたのか、いつものプレーがドルトムントに戻ることができた。加えて今日もトゥヘルの奇襲が裏目にでた。怪我明けの若いドゥルムを使うも、前半20分で交替させる羽目に。その後に投入されたデンベレがよく、そのため香川のマークも外れ、2人によって攻撃が連動した。ドゥルムへの要求が、攻めか守りか不明確であったのでないか?この2点が少し悔やまれる。

4月19日(水)
ゼミにて「スペキュラティブ・デザイン」アンソニー・ダン+フィオナ・レイビー著の読書会。「Battle」と同様に、本書にも世界を分けるふたつのシステムが示されている。その2つの分け方も面白いほどに重なっている。だが、BattleでAと呼ぶ世界が本書ではBシステムであるので、頭は混乱する。ところで学生のBにたいする見方は、かなり現実的であった。彼らの解釈におけるBデザインは、未来志向するものであり、現実にもとづくために建築制作はAとBの中間に位置づける(後退する)必要があるという。言い換えれば、Bは理想の世界であり、批評でしか表現出来ないものである。そのため、実際の建築は、現実問題をA世界で解き、批評においてB世界を指し示す必要があるというものであった。もっともなことであるが、それではBが提示するのは世界の不可能性、あるいは建築の無能さを示すだけである。これから、カントの「物自体」という考えが、200年以上にわたり哲学されてきやことについて触れる。本書を源とするメイヤスーの相関主義批判、「どうしたら私たちは思考、歴史の外に出られるのだろうか?」について考える必要性を感じる。事務所に戻り、過去の「現代思想」等を手にする。
032 CL レスター×アトレチコマドリード
1-1で同点も、1stとの合計2-1でレスターが敗退する。レスターのプレッシングが全くかからなかったため、岡崎は前半で交替させられる。岡崎の立場も苦しい。この成功例を研究されると、先発が危ういものになるでないか?それをチームとしてケアできなければならない。岡崎唯一のチャンスは失点する直前に訪れた。ピッタリとDFにマークされていたため難しいシュートではあったが、それを決められるかどうかが、近頃一流との差であることを感じている。そうした状況のものであった。

4月18日(火)
「Battle」第6章は、全体性についてである。アレグサンダーの中心的コンセプトであり、難解な部分でもある。この章では、この謎めいたコンセプトを、砕いて説明することを試みている。はじめに純粋にかたちの問題として。幾何学において、全体性をつくるフォーメーションがあるという。次は、全体性をつくろうとする意識について。受動的なものでなく、掴みとるモノなのである。それを意識することは難しいが、ある生産システムに置くことでそれが可能になるという。それがシステムAのことで、段階的に進むこと、治癒・適合を保証するシステムである。アレグサンダーは頭で考えることを否定する。概念的なPARTⅠにたいしてPARTⅡでは、盈進プロジェクトの実体験を通じてこの内容に迫ろうとする。

4月17日(月)
2年生の授業で、佐々木珠穂さんと河内一泰さんのレクチャーを聞く。佐々木さんは、ハンズーオンであることによる設計の拡がりについて、河内さんは、空間の分割についてが、テーマであった。河内さんは、近代3次元グリットに新しい幾何学を挿入し、イレギュラーな空間の接続を試みている。挿入幾何学に根拠はないが、こうした投機的デザインに共通点を感じる。そこを経験する人は、つくられた空間へ興味を抱き、それが作品の評価となっているのだろう。真っ当な建築家の姿勢であることを痛感する。色々な批評があるものの、建築の評価の核をつくものである。

4月16日(日)
031 ブンデス ドルトムント×フランクフルト
3-1でドルト勝つも、香川も含めドルトのメンバーの体力と精神が、かなり疲労しているのは明らかだった。後半は特にパフォーマンスが下がり、ゲームの形すらできなかった。ぼくとしては、ロイスが怪我から復帰し、香川、シャヒンと3人が揃ったので、スペクタクルなパス攻撃を期待したのだが、少し拍子抜けのゲームであった。次回に期待しよう。CLセカンドレグ、バイエルンとの準決と続く。

4月15日(土)
「Battle」第5章では、システムAを建築以外の分野からの検討である。それは、詩、文学、人類額、政治社会学からの視点である。なかでもページを割いているのは、T.Sエリオットの詩集「荒地」と、テオドール・アドルノの社会心理学である。アドルノは、第2次大戦下のドイツ人民を分析し、硬直化した思考により強者や権威を無批判に受け入れる集団の意識分析をした。アレグサンダーは、これとシステムBに囚われる現代人を重ね合わせている。T.Sエリオットの詩は主語が刻々と変わり訳すのが難解である。訳本を手本とする。最後の引用は、仏陀の説教の場面をいっているものらしいことが判る。つまり、この詩にそって、この章をまとめているのである。一方で、オルダス・ハクスリー、ジェームス・ジョイス、ジョージ・オーウェル、カフカの小説、ベルトルト・ブレヒト、ストリンドベリ、チャップリン、フェリーニ、ルノアールといった劇作家、映画に言及するが、これらは荒んだ社会を指摘するまでで、現実的解答を与えるものに至っていないと批判する。そしてビルダーという言葉が登場する。指摘でなく、つくることがテーマであることがこの時から示される。

4月14日(金)
「Battle」第4章のまとめ。システムBに至る経過が説明される。内なる感情に根差していたものが、効率性のもとに忘れさられてしまった経緯である。モノはつくる行為を通して意識化、身体化されることが前提とされる。一気でなく、少しずつつくることで、モノと人との間にある種の内なる感情が宿る。これを生命力といっている。「ブルースブラザーズ2000」を深夜観る。先週観た「ブルースブラザーズ」のリメイクである。この間の20年で、舞台となるシカゴは大きく変わった。少し危ない雰囲気から健全なものに変わっている。監督は両方ともジョンランディスであるので、アメリカの景気と時代雰囲気の影響を大きく受けていることが判る。前作もそうであるが、ぼくがまず思い出したのは小さい頃TVで観ていたワーナーブラザーズのアメリカンアニメである。「ロード・ランナーとワイリー・コヨーテ」「トム アンド ジェリー」。これらは、はちゃめちゃに追いかけ回すアニメ映画であったが、これが実写で試みられている。とはいえ、登場するソウルシンガーは蒼々たる顔ぶれで、個性あり、迫力十分である。これだけ観ても楽しかった。ジェームズ・ブラウンやアネサ・フランクリン、BBキングの巨匠に加えて、ジャンルが異なるグローバ−・ワシントン・ジュニアやエリック・クラプトン、若手のエリカ・バトゥも参加している。

4月13日(木)
030 CL ドルトムント×モナコ
お互い慎重なゲーム運びからはじめるも、ドルトムントは、モナコのファルカオ中心の攻撃陣を警戒し過ぎ、返ってゲームを難しくした。序盤に2点を獲られる。実はオフサイドであったのとオウンゴールによる不運な面もあったが、得点こそならなかったがPKを獲られるなど、いつもと違っていた。昨日のテロの影響がどのくらいあったのだろうか。萎縮していたように見えた。1対1のインテンシティで負けていたのだ。香川は、そうした前半に2度の決定機をつくる。そのうちひとつでも決めていたら、展開が大きく変わっていただろう。ひとつめはオバメヤンへのロングスルーパス。もうひとつオバメヤンに届かなかった。PK失敗の後のチャンスは、フリーでゴール前センタリングを受けた難易度の高いものであったが、ダイレクトシュートはヒットせずにゴールポスト外へ転がった。後半はじまりと同時に、トゥヘルは2枚替えをする。ゲーム感のないベンダーを替え、入ったのはベテランシャインと18歳の速いプリシッチである。2人ともピタリと戦術にはまり、いつもドルトになる。シャインは絶えず香川を見、二人の距離感がよく、パス交換で前線を幾度も刺激し、圧倒する展開となった。香川はプルシッチを絶えず見ていた。プリシッチは右奥深く位置し、そこからドリブルで切れ込んだ。セカンドボールをことごとく拾えるようになったことも大きかった。香川はゴールに等しいアシストとゴールを決める。しかし気が緩んだところで、ファルカオ1人によって、3点目を失ってしまった。ホームで、2-3で負ける。ドルトに同情的な雰囲気があるものの、ベスト4進出を難しくしてしまった。

4月12日(水)
朝、ドルトムントのバスがテロの標的になったというニュースを聞く。それによりバルトラが負傷。試合が今日の夜に延期となる。選手の精神状態は大丈夫だろうかと思う。大学に行く。高校生向けに入試広報課を相手に、そして新しく研究室に配属された学生に、ふたつのレクチャーをする。池辺さんの「複雑な機能は単純な形にむすびつく」は、これまでぼくの指針になってきた。しかし最近これは、つくる立場からの言葉であり、ユーザー視点に立った代わり相対化された言葉を探している。最近話題のスペキュラティヴ・デザインにたいしても同様の考えをもっている。それらは、デザインする当人あるいは組織のイマジネーションの展開に重点が置かれ、外部の社会への展開効果が実は弱い。今日のレクチャーでは、「単純な形で多様さを生む」という言葉で締めくくる。経験する側が外向き志向をする表現として考えた。

4月11日(火)
「確率論的主体性と放射能的抵抗線 諸器官のエス的なアソシエーションに向けて」岡崎乾二郎著を読む。災害と建築の関係に改めて注目したかった。それによると、インフラは災害をプログラムし、再帰的なものとして構造に組み込むので、災害(出来事)はプログラムから見えにくくなり、排除されてしまう。このとき建築は、インフラの寄生でしかなくなる。偶有的かつ交換可能なものでしかなくなり、かつて建築の内に固く守られた生の場所が、危険に開け放たれることになるのである。そのとき人はどうなるのだろう。今日の天気を50%の雨というようなどこか人任せで、これまでのような確率的(これを「同期的」といっている)思考が不可能になる。人は生を、「それぞれの身体がそれぞれ共約不可能な、異なる時間、生死のサイクルに位置づける」ようになるのだ。これをむしろ前向きに、新しいエスによるアソシエーションのはじまりと見ているのが、この本の趣旨である。国と当時者の温度差を、的確に言い表したものであろうと思うのだ。

4月10日(月)
新しい2年生の授業がはじまる。課題を多面的に捉えるために、様々な分野から講義をしてもらう。構造、環境、歴史と地域性といった分野からであった。藤木先生の、軽井沢史から吉村順三論の位置づけは面白い。その後、名和研二さんの構造論。つくることへの深い関心を話してくれた。アイデアの素晴らしさより、実現のための情熱の大切さということだろう。その後、中川純さんの環境論とその実践のレクチャー。住宅でムラのある環境つくりをしているのに驚く。行動量に応じて断熱性能を変える作品であった。このレクチャーを通じて、何かが頭に染み込む学生が出てくれたらと願う。

4月9日(日)
029 ブンデス バイエルン×ドルトムント
好調香川は疲労のため欠場。楽しみな一戦であったが、3日後のCLに備えるためだろうか?ヴァイグルも同様で、途中からベンデレも交替。よくない状況である。1点を返したものの、完全にゲームをコントロールされる。ロッペンが絶好調であった。ドルトの右サイドから中央への折り返しで幾度もゴールを決められる。こんなことがあってよいのだろうか?とも思う。次戦はCLである。

4月8日(土)
国立近代美術館で開催されている「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」展へ行く。長次郎以降450年間の樂家の代表的作品を観ることができる。一子相伝の手捏ねによる一椀ずつの一品制作が樂焼きであることが特徴であるが、茶の湯に関わる焼き物のみであることをこの展覧会で知った。初代長次郎を基本とすると、時代を追う毎にすこしずつ遊びが増えていく。かたち、大きさ、色、艶、質感にそれが表れる。当代の吉左衛門は、焼温度、土、手捏ね方法まで変えている。この展覧会は世界を巡回した。そうした姿勢にも表れている。

4月7日(金)
1年生ガイダンスの後、4月からの2年生授業で課題とする敷地を訪れる。今年から吉村順三設計の脇田山荘が建つ敷地を課題として選んだ。東京は桜が満開であるが、軽井沢には未だ春が訪れていない。人がまばらである。そして、6月まで敷地隣の美術館が開館していないことが判明。少し残念である。上手くいけば、その美術館を通って、脇田山荘のピロティ下まで行くことができたのだが、課題期間中にそれができないようだ。この住宅は、冬期の暖房と夏期の湿気対策をテーマとしたものである。この第1課題では、「流れ」をテーマとした。空気・力・人の流れである。ぼくらがデザインするのは物理的な壁である。それは主に使い方に主眼を置いたものであるが、建築には他に、力を流し、空気を留めるというような機能性も同時に求められている。設計には多面的視点が必要とされる。はじめての設計でこうしたことも学生に意識してほしいと考えた。具体的にこの建築は、ピロティによって居住空間が持ち上げられ大地からの湿気を逃し、持ち上げるための1階のコンクリートコア部分が、オイルボイラー置き場である。そこから暖かい空気が床全面を流れる。この時代には珍しい床暖房が採用されている。その暖かい空気は、北の窓下から放出され、再び南の窓上に吸引され、室内全体を暖める。そして再びリターン空気として、オイルファーネスに戻る。床暖がない時代だからこそ、様々な工夫によって快適な建築を目指した訳だ。空気の流れというものをかたちにした希有な存在といってよいだろう。他にも、フラーのウィチタハウスやピアノの関空、アトリエワンのノラハウスにこうした実例をみることができるのだが、なかなかこうした建築を見ることはできない。もうひとつ、この授業で試みていることがある。それは非常勤に、環境や構造に長けた建築家を配置した。それによって通常の建築家とは異なる視点を学生が感じてくれたらと願う。それに準じてクラス構成は、構造中心のグループと環境中心のグループに分かれる。第1課題と第2課題でそれが入れ替わることになる。

4月6日(木)
「Battle」第3章は、システムAとBの説明。全体性、生命がキーワードとなる。システムAは、時間や生産性を気にせずに、絶えず決定を繰り返し、与えられているコンテクストと合致しているかの部分適合を許す建設(思考)方法である。そうした段階を踏むことで、ひとつの世界観が完成する。それが全体性である。ある意味、外界から特殊化(これをユニークという)されたものである。同時にそうした段階を通して人は、対象にたいして感情移入が可能となる。それが生命というものである。生命はモノと人の間を繫ぐものである。第3章は、様々な角度からシステムのこの違いを説明する。面白いのは、このふたつの違いが明らかにならない限り、バトルは起きないという考えである。つまりどんな場合でもアレグサンダーの考え方は、独立変数的な物理的モノと人との交換作用物を世界として捉え、カント以降の相関主義が基本となっていることである。

4月5日(水)
028 ブンデス ドルトムント×ハンブルガー
朝起きて、香川の大活躍を知る。スカパーの放送予定がなく、次節のバイエルン戦も予定がないことを知り、思い切ってDAZNに加入。夜にこの試合を観る。今日は、ボランチのカストロもよかった。香川と2人で中盤を支配する。ハンブルガーのボランチは酒井高徳。少しマークが甘かったのでないかと思う。香川を自由にさせる時間帯が多かった。香川は何度も前を向いてのボールをキープをすることができ、決定機をつくりだしていた。終了間際のアシストはロングボール。得点の前のチャンスでは、中央底からサイドに一端叩いて、中央に走り込んでいた。得点も、香川が基点とならなくともそのパターンであった。後半70分過ぎのゴール前への長い走りであったと思うので、よほど体が切れているのだろう。ドイツ各紙採点においても最高点を勝ち取る。次戦はバイエルン戦である。これまでシャビアロンソの徹底マークにあい、活躍できなかったが、今回はどうだろうか?1対1に新境地を見せた香川の試金石となる。

4月4日(火)
「Battle」第2章は、部分適合の重要性である。その中に興味深い記述がある。部分適合はあくまでも1対1のものであるが、それが集まるとひとつの固まりとして外部から差異化されるという。それが全体性というもので、ユニークで新鮮をつくるという。盈進学園における、そうした実例が挙げられる。

4月3日(月)
「Battle」の翻訳が一通り終了したので再度見直しをはじめる。はじめにでは、盈進プロジェクトを俯瞰し、盈進プロジェクトが、近代建築を否定する新しい建築として位置づけられる。それは、システムBからシステムAへの移行を達成したものとして、である。これを実行するために激しい戦いが必要とされた。それが「Battle」となった。システムBは経済性、効率性を重視し、システムAでは、土地のコンテクストと適合させることによって人の情感を発動させること=生命が重要視される。この本の目的は、この事実を具体的に記述し、BからAへの移行リアリティを読者に感じてもらうことにある。続く1章は、盈進プロジェクト以前のアレグサンダーとCESの活動の説明である。盈進プロジェクトは、彼らにとって、これまでの成果を試す絶好のチャンスとなったのだ。そうした視線にたった盈進学園が紹介される。

4月2日(日)
内子座へ。650人収容という。コンパクトで気持ちよい。全てが升席であったというが、升の仕切り手すりに板がかけられ、現在は長いす式になっていた。現在も年間80日は演劇として稼働しているという。花道から舞台まで上がることができたのは初めてのことである。そこから奈落下へ。これも見るのははじめてだ。竣工当時から地下水に悩まされていたと聞く。擁壁は丸石積みであった。舞台は真南を向いていて、2階正面の窓から舞台まで日が差し込む。この建物は大正天皇即位を記念して建てられたというので、それ程古くない。ちょうど100年の歴史である。戦後は映画館にもなった。内子は、和木蝋燭製作で築きあげた街であるという。上、中、下芳我家がこれをまとめ、その屋敷だけ白壁土蔵つくりである。芳我家が製作した蝋燭は、ハゼノキの実でつくられ完全に蝋溶かしきることができ、炎も普通よりも大きく明るい。ファラデーの「ろうそくの科学」を思い出す。大森和蝋燭屋というところで早速大きめの2本を買う。その後、時間があったので西条市へ。残念ながら、坂倉準三の1961年竣工の体育館は取り壊されていた。シェルが特徴の体育館で、一度観てみたいと思っていたひとつであった。安藤さんの南岳山光明寺へ。ヴォールト屋根のコンクリート庫裏と四角い木造の本殿からなる。本殿は抽象的形をした池に囲まれ、そこを回るようにアプローチする。本殿は、柱とガラスを交互の繰り返しで囲まれる。その内側に背の高さまでの磨りガラスと木の囲いで囲まれた内陣を形成する。その中にも巨大な4本の組柱が4つ角にある。そこから持ち送りの梁は荘厳である。外壁の連続柱を支える。組柱の内側の天井は空で、そしてその上に雨風を凌ぐ屋根があり、それは実はヴォールト屋根であり、光が回るような仕掛けになっている。淡路島の安藤氏の本福寺を思い出させてくれ、どちらも重源の浄土堂をモチーフにしたものであろう。光がテーマである。その後奥道後の温泉に立寄り、夕方便で帰宅。
027 ブンデス シャルケ×ドルトムント
香川先発出場し、中盤で多彩にボールを裁く。得点もアシストする。今日は、時たまDFラインと中盤にスペースが空いていた。ここを香川が上手く使っていた。前を向いてフリーになることが度々あった。左のデンベレがドリブルでかき回し、左の香川がパスで翻弄させる。こうしたパタンが定着したようだ。これも香川が前を強引にでも突破する姿勢から、トゥヘルから指示されるようになったかたちである。

4月1日(土)
中村好文設計の伊丹十三記念館へ。国道から少し入ったところにある。閉じた中庭型で外壁は焼きの黒スギで窓がない。屋根庇が飛び出した切れのよい近代建築であるが、素材感があり近代建築の固いイメージはない。高さを抑えるためか、90センチばかり掘り下げている。この背が低いことによって建築は優しい。伊丹十三の記念館であることを考えると、空間への少しの裏切りがあってもよいとも思う。伊丹十三は実に多趣味であった。その雑多なものを収納するために展示室に比べて、倉庫などのバックヤードがかなりの大きさをしめていた。その後、砥部焼きセンターへ。コバルトブルーが気に入っていたので、コップを2つ買う。その敷地内の果物屋で食事。この季節、みかんとイチゴが充実していた。山を越えて内子へ。はじめに原広司設計の内子大瀬の中学校へ向かう。途中、大瀬の山村を通過し、それは今でも日常的に使用されている。このことに驚く。そこを通り抜け学校へ。校舎とグランドを仕切るコンクリート擁壁に大江健三郎の出身校であることも示されている。この高さが異常に高い。土曜日であるためか学校は閉鎖していたので、管理事務所を探しながら進む。校舎への引き込み路を少しずつ登りながら、教室とのつながりと建物の配置関係を理解する。最後まで管理室が見つからずに、結局奥の音楽室手前まで入ることができてしまった。その後内子の街中へ。日が暮れる前に伝統保存地区を歩く。商業化されてない住宅も多い。食事できるところが全ていっぱいで、やむなく車で街の外へ出る。蔵を現代的に改造した宿に泊まる。インテリアが全て白和紙で、韓国の安東村の伝統住居を思い出す。決してお金をかけていないが、心地よい。昨日の安藤さんと徹底的に異なるのは、構成にある。構成が自律している。
026 プレミア レスター×ストーク
岡崎が代表戦の後にもかかわらず先発出場を果たす。それだけ信頼が厚いということだろう。今日もチームとして前戦からのプレッシングを上手く働かせることができ、2-0で4連勝を飾る。

3月31日(金)
松山に行く。家族で様々な鯛飯を食べる。宇和島の鯛飯、松山の鯛炊き込み飯と鯛茶漬けである。その後歩いて、坂の上の雲ミュージアム(安藤忠雄設計)へ。中央に閉じた三角形の展示室があり、その周りをスロープが取り巻く構成である。そこにはカフェとか休憩室が付属し、エントランス上の吹き抜けと公園のある洋館に向かって開かれている。道後温泉本館も同様の構成であった。中央に天井高のある浴室があり、それを取り囲むように脱衣場や階上の休憩和室がある。浴室は意外にも石つくりであった。安藤忠雄設計の瀬戸内リトリート青凪へ。以前は大王製紙所蔵の美術館であった。外壁は亜鉛メッキ版。目地が三角形であるのも特徴的である。現状でもフランク・ステラ、川辺りえこの絵画と小野豊の盆栽彫刻を観ることができる。
先週頂いた坂牛卓さんの作品集「Architecture as Frame and Reframe」を読む。入れ子状に段組されたページレイアウトが本に緊張感を与えている。作品が日本らしく見えないのがよい。構成が何よりも重視されているからで、例えば外部との繋がりを例に挙げると、それは形式的である。ボリュームは僅かに地面から持ち上げられ、窓は、壁の割り付けから決められている。建築の構成要素も最小限である。それら全ては意識化されたものであり、潜在的、あるいは意識下のものまでもそうしよとしている。それがタイトルとして表れている。曖昧模糊とした自然と対立する姿勢が、日本らしさを消している。坂牛さんの別の本「建築の規則」では、「創造行為は批評行為との抱き合わせにおいて可能となる」といっていた。ここ数年に建てられた住宅では、異物が挿入されている。これを批評行為と位置づけると、それによって元の構成へもたらされた歪みが創り出す多様さは、これまでの作品にみられなかった類のものである。批判的構築の方法を知るひとつのヒントとなった。

3月30日(木)
朝起き、錦織の試合を観る。最後まで気分がのれていない様子で、ストレートで負ける。どうやら右手首を故障していたようだ。今回、上位陣が欠場、第2シードととなり、マスターズ制覇最大のチャンスと言われていたが、錦織も同様の負の連鎖に巻き込まれたかたちである。昨日受け取った「縦ログ構法の手引き」の見本刷を一読。縦ログ構法を普及させるためのパンフレットである。昨日の会議でも挙げられていたが、林業の立場から、CLTを日本に根付かせるには、金額的な問題あることが暗に書かれている。建設コストから逆算すると、現在の半分近くの金額でCLT材を提供しなければならなくなる。それはラミネートするための大規模工場投資にお金がかかるためだ。政府は現在このCLTを推奨しているが、ここに無理があるという。それに対し縦ログ構法は、既存機械での製材が可能であり、この中間にかかるお金を節約できることに最大のメリットがある。しかもそれは地域の製材加工場で可能である。したがってCLTは比較的大規模のRCに変わる素材として、縦ログ構法は小規模の住宅を中心とした領域で活かせることが望ましい。うろ覚えの概算ではあるが、現在のログ材は150,000円/㎥のエンドユーザ価格に対し、製材所は10,000円/㎥(材3,000円+運搬製材7,000円)で出荷するという。この現状で林業成立は難しい状況に追い込まれている。

3月29日(水)
縦ログ構法研究会に出席。1年の経過報告と来年度の目標について話合う。一般にはジョイント金物の強度を高め、木材のパフォーマンスを最大限にまで引き出すことがベストな解答と考えていたが、実はそうではないらしい。構造駆体としての木材が脆性破壊してしまっては、建物が完全に壊れてしまう。そこで脆性破壊させないように、パフォーマンスが明確となる金物を先に壊し、木材を靱性させておくことが重要らしい。思わず思い出したのは、せんだいメディアテークのチューブ柱と地下の免震機構との関係である。チューブ柱の靱性状態をキープし、地下部分を先に壊すというものだ。続いて思い出したのは日本の伝統木構造の考え方である。日本の伝統的木構造は、このような金物に依存することを不確かなものとしていたため、木のめり込みによる力伝達を主にしていた。ほぞなどがその典型である。寺院建築の屋根の持ち送り構造がめり込みによる曲げ材によって構成されているという川口衛先生の指摘も思い出した。その後縦ログ構法の社会への普及方法について議論する。ぼくが考えていたよりも、ユートピア的であるが、ボトムアップ方式による普及が主眼にあるらしい。この構法が広まることで、間接的に林業や製材業が潤うことを目的としている訳でなく、この構法が全国各地の地方林業や製材業に直結させることが目的なのである。今日の研究会前に難波さんから、最近読み込んだトッドによる家族システム論についての話を聞いた。それは、上部構造(制度・文化)によって下部構造(家族)が決定されるというものであった。これと同様に縦ログ構法においても、構法によって林業システムを規定しようとしているのかとも思う。図式的には地元林業を立て直すということは確かにボトムアップ方式であるが、実は、方針が捻れていて、上部構造によって規定するものである。このクリアさに気づき、驚く。

3月28日(火)
025 代表 日本×タイ
4-0の得点ほどの差がなかった。日本がサッカー欧州あるいは南米の一流国と戦うときと同じ関係がタイと日本の間にある。シュート数はタイの方が多かったのでないだろうか。個人技に差があり、確実に決められていたらどうなったか判らないが、その差がなかなか埋まることのないものである。以前、日本代表は、息の合った連携が巧みであることから、ヨーロッパのクラブを凌ぐものと考えていたが、近頃は違う考えをもつようになった。プレーの確実性と動かすボールの速さに関しても身体性以外に日本はまだまだである。タイの選手は、ヨーロッパにおける日本選手を見るようであった。
今日も錦織の試合を観る。勝つには勝ったが、後味がよい勝ち方ではなかった。第2セットから左足の調子が悪くなり、明らかにリズムが崩れ集中力欠いていた。第3セットでは、ブレークを許しボールボーイに八つ当たりし、観客からブーイングを受ける程であった。しかし、その直後の休憩を挟んで全く違う錦織になる。連続4ゲームを獲得する。全く不思議である。

3月27日(月)
「構造・構築・建築」を読み終わる。最後は、「非連続的統一構造」というコンセプトで締めくくられる。物理の数学から生物の数学ということで、カタストロフィー的存在を最適化してさらに大きな全体をつくることをいう。磯崎さんの指摘により、佐々木さんの一連の作品が90年代以降の現代建築を体現するものとされた。この本が果たした功績はこの点ではないだろうか。

3月26日(日)
昼間は翻訳を続ける。深夜、久しぶりに錦織の試合を観る。素人には判りづらいがパワーファイター相手に苦労しているようで、思うようにラリーができていなかった。長時間の試合となり、最後まで観ることができずに就寝。

3月25日(土)
「構造・構築・建築」を読み続ける。西澤さんの模型に対する考えが興味深い。「模型になった瞬間にスケール、中と外、そしてディテールが生まれます。模型には、イマジネーションの世界から現実の世界に移るときの荒々しい飛躍があって、僕らの建築創造にとってそれはすごく大きい役割を果たしています」。一般にはなかなか得ることができない建築の模型制作に対する反論として的確なコメントである。西澤さんは、佐々木さんとの打ち合わせを、批評性を得るためのものとしていることも興味深い。これによって新しいアイデアを創出しようとしている。これをぼくも試みるのであるが、なかなかそうはいかないものである。

3月24日(金)
「構造・構築・建築」の第4回は磯崎さんとの対談。磯崎さんが明確に自作の設計方針を示す。スプライン、フラックス、リダンダンシーである。スプラインは、建築家のイメージする任意形状のジオメトリーである。そこに力学的合理的形状の探索が加味されたものがフラックスである。そこでは、オプティマイゼーション(最適化)が部分部分で導入されている。リダンタンシーとは、無駄とも考えられるが、合理的な複数の選択肢を同居させることをいう。ロバスト性もこれに含まれる。重量最小化と冗長性最大化のふたつに対しての最適化がリダンタンシーである。北京の国家大劇院、フィレンツェ新駅、アリアンツタワーがそれに相当する。第5回の伊東さんとの対談で難波さんが、システムの緊張度として「インテンシティ」を挙げている。ぼくもそれに同意するが、伊東さんが目指すものと異なるものではないだろうか?

3月23日(木)
025 代表 UAE×日本
落ち着いたゲーム運びのアウエーで2-0の勝利。初戦の雪辱をする。絶対的キャプテン長谷部に代わり招集された今野が後半大活躍をした。ここで落ち着きを与えたことがもっとも効果が大きかった。ともあれ、海外組はやはり球際で抜きんでている。大迫は決して負けないポストプレーをし、原口の体を当てるボール奪取に目を見張るものがあった。久保は守備に難点あること判ったが、前への推進力は抜きんでている。なんと言っても吉田だろう。プレミアの一流相手に接しているので、決して慌てていなかった。とくに決して相手に前を向かせなかったし、ボールを奪取までしていた。ドルトムントやレスターのゲームでは当たり前のことであるが、これをできていたのは海外組と後半の今野のみである。香川は輝けず。酒井宏樹は、2アシスストであるが、もう少し積極的でよいのではと思う。戦術として無理をしなかったこともあるのだろう、長友も同様である。本田と岡崎が終了間際に出場。世代交代が進む。

3月22日(水)
大学の卒業式と謝恩会に出席。例年のことながら、感極まる学生に心打たれる。研究室での生活が濃密であったためだろう。ぼくも大学院時代を振り返ると然りであった。このことをこの時期になると、いつも思い出させてくれる。「構造・構築・建築」を読み続ける。建築教育についての言及がある。それは、かたちの反復の推奨である。難波さんからのものである(p87)。「かたちをひたすら反復していくと、だんだんそこから中身が生まれてくる」。「意味も分からず言葉を話しているうちにその意味が整理されて理解できるようになることもあります。」G・ベイトソンと娘のモノの輪郭についての会話を思い出す。「建築家は中身—生活やプログラムーが前提条件としてあらかじめあって、その容れ物をつくることが仕事です。中身を直接は変えられませんが、容器、つまり建築を通じて、中身を操作する職能といえます。」が印象的。サイエンスとエンジニアリングは歴史的にどちらが上位かの位置づけがある。サインエンスこそが純粋学問であるという指摘である。しかし現実はエンジニアリングが及ぼす社会への影響がはるかに大きい。この二項対立を外すための建築の位置づけからその話題となっていた。

3月21日(火)
「構造・構築・建築 佐々木睦朗の構造ヴィジョン」を読みはじめる。昨年行われた佐々木さんの退職講演をまとめたものである。はじめに、「偶然を必然に変える意志 佐々木睦朗試論」という難波さんの論考がある。佐々木さんのキャリアを説明しながら、今後の建築の方向性を示すものだ。第1フェーズは、合理性の追求時代。難波さんと仕事をしていた時代のことである。第2フェーズは、建築家のイメージに合理性を与えていた時代。これを合理性の徹底化から新たな合理性の探究と位置づけている。「問題提起のデザイン」として、スペキュラティヴ(投機的)・デザインとまで言及している。ぼくのこれまでの試みがここに属している。それを踏まえて未来に射程を置いているのは、「ひとつのコンセプトには収まらない「多元的な建築」」である。コールハースの批判的方法を念頭にしたものだろう。「複合的な合理性」ともいっている。この本の後半で磯崎氏の「偶有性操縦法」が、難波さんから触れられているが、これをポジティブに表現したものだ。佐々木さんの最終講義で、佐々木さんが自身の生い立ちをあまりにも線的に語っていたことに、少しの違和感を感じたのだが、それを見事にまでポジティブな表現で封印してくれた。佐々木さんには、「偶然を必然に変える意志」が、とてつもなく徹底されているのだ。

3月20日(月)
古河の公園へ。花桃と妹島さん設計のレストハウスを観る。柱ピッチが1m以下の屋根と極細柱60ミリだけの建築である。天井高が少しあるのが空間を気持ちよくしている。妹島さんの椅子が今でも使われている。綺麗にメンテナンスされていないため透明感が少し薄れているのが残念でもある。その後、古河の古い町を回る。川の城下町らしく落ち着いていてよい。途中歴史博物館に寄る。吉田桂二設計の学会賞作品である。古典的な美術館であるが、修景の取り込みが秀逸である。文学館も氏の作品である。吉田桂二は、この古河、香川の内子町、熊本の小国と、ひとつの街にいくつもの建築を手がけている。作品からこのことに納得する。

3月19日(日)
024 プレミア ウェストハム×レスター
岡崎先発。75分過ぎまで走り回る。最後は流石に疲れを見せる。3-2でレスターの勝利。レスターは昨季のよい状態に完全に戻った。これでインターナショナルウィークに突入。

3月18日(土)
小泉先生の最終講義。先生とはブータンで6年間一緒だった。その時気づかなかったが、先生は発明家であることを知る。測量方法において、風船、シャボン玉、GPSでなく慣性カメラを適用する。どれもローテクな方法であるからこそ、そこに発想が豊かである。慣性カメラは特許も所得していた。その発明によって明らかにしていたのは、竜巻や林野火災など災害発生メカニズムである。今ではコンピュータシュミレーションで可能になることを、風船やシャボン玉でモデル化していた。広島の戦火前現況図の作成に力を入れていたことも興味深い。沖永良部島の台風解析も1970年代に行っていた。これは次のプロジェクトで参考になりそうだ。
023 ブンデス ドルトムント×インゴルシュタット
香川の縦へのスルーパス一発でゲーム展開を変える。ここ数試合と同様に、香川は相手DFに囲まれても個人での突破を試みていた。インゴルシュタットも激しいプレッシングでドルトに思うようなゲーム展開をさせなかったが、ドルトの1-0で辛勝。

3月17日(金)
設計方法小委員会に出席。山口さんが、デザイン方法論の歴史をたどってくれた。それは、リッテルのいう「意地悪な問題」の繰り返しである。終了規則をもたずに、全ての問題は他の問題の兆候とみなしうるものだけれども、責任だけが要求されるものなのだ。その例がブルーイット・アイゴーの集合住宅である。そしてその結論をオルデンバーグの「サードプレイス」に代表されるソーシャルキャピタルにおきつつも、その先の射程にスペキュラティブ・デザインがある。このことには驚いた。続いて関さんが、自らの研究としてデザイン生態学について話す。具体的にはフォントデザイナーの思考回路、操車場の再利用についてのレポートであった。「ダンゴムシの心はあるのか」が紹介される。深夜「センチメンタル・アドベンチャー」1982年クリント・イーストウッド監督を観る。実の息子カレンと共演している。1930年代の世界恐慌時の、中年歌手と甥っ子とのロードムービーである。甥っ子の成長と死を覚悟したカントリー歌手の挫折人生を描いたものであるが、これまでの西部劇を焼き直したものである。イーストウッドはこのとき、アクションも銃も持たずに、演技力とストーリー展開によって客を惹き付けようとしていたのだろう。その心意気を買いたい。

3月16日(木)
彰国社にて教科書出版の打ち合わせ。大方の方針を固める。夜、佐々木睦朗さんの出版記念パーティ。磯崎氏、川口衛氏の挨拶からはじまる。川口先生の、ガリレオ以来400年間建築技術は何も変わっていないという話が興味深い。要するに、自分の位置づけが俯瞰できることが大切な訳である。これは構造家に関わることばかりでなく、建築家にもいえるのだろう。川口先生は、大きさと力学との闘いを行ってきた。佐々木さんの場合は、シェルにおける歪みエネルギーの追究にあったという。フラックスストラクチャーはそのことをいう。西澤立衞さんの佐々木さん評、清らかといっていたのが印象的であった。2次会では、岡部憲明さんと長い間お話しをする。ピアノと岡部さんの設計姿勢についてである。それは、経験したことがないものに対してどうするかというものであった。素材、スケール、他産業、様々な問題に対してであった。ピアノや岡部さんはそうした未知にたいして解決確認していくことが設計行為と考えている。ぼくにはそう思えた。スケールについての話が印象的。カテドラルに行っては原寸をプロジェクトの大きさをイメージすることが常であったという。素材については、IBMパビリオンにおける経験を具体的に聞くことができた。屋根のプラスチックの結合に接着剤を使用したことが大きな転換であったという。ぼくの知識が間違っていたことも多かった。フィアットの自動車開発では、イタリアでの職人組合保護との関係によって完全な合理化ができなかったそうだ。最後は、人との繋がりが決定打になったことになる。他にもポンピドゥーの外壁は、当時では珍しくダブルガラスで、エネルギーフリーを電力会社と契約し詳細を詰めたという。岡部さんはゲーリーの技術の使い方に対しては少し懐疑的であった。ゲーリーは、好きなアーティストとしてモランディを挙げる。これは、彼の気ままさを押しとどめる方便でないかという岡部さんの仮説であった。事務所に戻り、モランディを調べる。岡部さんがいうように激しい主張や物語性を感じさせない静物画をモランディが描く。これにより、独自の静寂な世界を形作くるボローニャの現代作家であった。なるほどゲーリーとは異なる。

3月15日(水)
022 ブンデス ヘルタ×ドルトムント
週末の試合をNHK BSで観る。香川の動きが明らかに異なる。以前のようにリズムをつくるパスをがなくなり、個人で強引に前を向く形をとる。囲まれても闘う姿勢を崩して異なかった。先月試合を観たことから得た感じはやはり正しかった。トゥヘルの意向は、個人の突破ありきであった。続けて出場できていく予感がする。

3月14日(火)
021 CL レスター×セビージャ
1stステージを1-2で落とした後のホームでの2ndステージ。この3週前にラニエリが解任されたのは残念であったが、その後レスターは見事に昨シーズンの勢いを取り戻した。なんと皮肉なことだろうと思う。今日も開始10分後から、完全に昨シーズンのかたちになる。全員が素早いプレッシングを行うので、岡崎も生きる。2点目はその勢いで得点したものだ。ナスリが退場とするまでよいが、最後はアップアップであったが、勝ちきる。最後は優勝したかのように皆が喜んでいた。

3月13日(月)
今年度退職をする小泉先生と篠田先生の送別会。先生の人柄と進行があいまって暖かい雰囲気の会となる。その前に大学の新聞に小泉先生への感謝の言葉を寄稿する。なんといっても先生とはブータンでの思い出がつきない。「実測は個人プレーでなくチームとして、与えられた役割をひとりひとりが最高の力で機能させるもの」この先生の言葉が印象的である。先生とは、ブータンでの12時間以上にも及ぶヒマラヤ崖沿いのトラック移動。20名近くの学生を連れて、アッサム州現地でタクシーをチャーターし、数時間かけて危険レベル2地域を横断した経験。朝の号令・挨拶からはじまるラジオ体操。肩を組んで学生と一緒の校歌の熱唱。インド各地を1週間以上もかけてコルビュジエの作品をほとんど観て廻る旅。思い出がつきない。少し寂しい気もする。その前に大学で会議がある。そこでは、ある教員評価についての議論がなされる。その内容にある面納得いくものの擁護しなければならない立場にもあり、苦しい状況に置かれる。ぼくの考えでは、今後の学科運営を考えると、再起を促すことが重要であることを強調する。というのは、雇用関係になく、師弟関係でない状況での個人の自律集合体のガバナンスでは、個人の感性・良識を伴って対象との関係構築に向き合うことしかないことを、実はアレグサンダーから学んだ。それは真実であると思うのだ。
NHK特集で、「原子炉冷却 12日間の深層」を観る。昨年観た88時間は印象的であったが、その後の12日間のドキュメンタリーである。88時間とはベント(直接汚染蒸気を外に排出)ができずに核容器圧力が高まり、いつ爆発がおきてもおかしくなかった時間である。たまたまジョイント部分が破損し、そこからの自然ベントによって最悪の事態が避けられたのである。前回の放送内容があまりにも劇的な演出であったので、88時間で事態が収拾したかのように思えたが、今回のドキュメンタリーでは、その後も危険状態が続いていたことになる。1号機ではメルトダウンが最も進行し、厚いコンクリート核容器突破の可能性もあったというものであった。ドキュメンタリーは現場と東電本部との膨大な電話会談分析によるものであった。その中で前回の放送であまり触れることのなかった1号機が、全く注水がされていなかったことが明らかにされる。これによって危険状態にあったという。皆の懸念が2号機に集中し、長期の緊張状態が続き、1号機における基本的かつ重大な欠陥を見過ごしていたというのだ。少し腑に落ちない。この放送では、とても理解しやすくするために、結論を人為判断ミスにし、原因を曖昧にしている。水はなぜ注入されていなかったのか、2号機の懸念は何であったか、技術的課題は分からないままである。そう考えると前回のあの偶然の自然ベントは一連の危機のひとつにすぎず、その中で偶然性をもっているという点で物語性のあるトピックをピックアップし、それを劇的に演出したように思える。そうすることで、真実の開示目的としているところが、一層それを押し隠していることにはならないだろうか?という疑問が湧く。

3月12日(日)
ASJ建築家相談会の2日目。客足がいまいちである。ぼくはというと学生への対応が多かった。高校生、大学生とどこからか情報を得てやってくる。本来の目的と異なるものの、なぜかしら彼らへの説明に力が入ってしまう。ドルトムントの試合が放送されなかったが、香川が久しぶりに先発し活躍したことをWEBで知る。スカパーが日本での放映権を放棄し、現在、プレミアがソフトバンク系のスポーツナビ。ブンデスがドコモ系のダゾーンで配信している。スカパーはここから放映権を試合ごとに購入しているそうだ。どうやらここでも、TVからネット配信への流れが進行している。こうした現象は、放映権が高額になり割が合わないことが原因らしい。放映単体では赤字でも、業務オプションを拡げ、携帯ユーザー取り合いのためのひとつ割引きキャンペーンとして成立させて訳である。インターネット業界はこうして強大化し、日本でも一大帝国と化していく。ITによって、一般性を拒否しひとりひとりを大切にする民主指向と、こうした方法の集約が同時に進行している。一昔前の未来映画を彷彿させてくれる。

3月11日(土)
ASJ建築家相談会のため船堀タワーホールへ。数人の相談を受ける。まだ検討の段階で皆漠然としている。ぼくの建物はお金がかかるように見えて積極的にアプローチしてくることはあまりなかった。その中で、中国深圳出身のMoya Saitoという人が変わったアプローチをしてくる。中国語—日本語の通訳の先駆的な人であるそうだ。今は中国観光客向けに、日本アピールのWEBを立ち上げている。夜の懇談会では、山本常務といろいろの話をする。社長と似て気さくな人であった。

3月10日(金)
イヤーブック会議。一通りの概略を押さえ、本のデザインまで話が進む。刈谷さんから面白い提案を受けたのでそれに乗ることにする。イヤーブックは、どの大学も同じようなことをしているので、少しチャレンジングであるのもよい。

3月9日(木)
020 CL バルセロナ×パリ・サンジェルマン
1stステージ4-0を、バルサが逆転する。歴史上はじめてのことだという。後半パリが1点取った後はゲームが決まったようであった。バルサも気迫がなくなった。ところが、87分からバルサが3点を獲る。ネイマールのフリーキック。スアレスのPK。これは疑わしかった。最後はネイマールのフリーキックを22版がボレーで決める。淡々と逆転が起きたことにむしろびっくりした。ともかくもバルサが8強を決めた訳である。

3月8日(水)
大学へ行きイヤーブックの校正について有岡さんと打ち合わせ。
022 CL ドルトムント×ベンフィカ
ドルトムントは4-0で8強を決める。今日は、3バック+両サイドにシュメルツァとドゥルムといった守備重視のかたちでのぞむ。ホームでの失点をおそれたためだろう。怪我のロイスの代わりは香川でなく、プリシッチであった。開始早々にオバメヤンが得点するもその後は膠着状態。後半からドルトは、両サイドバックが攻め上がるるとその展開は変わる。得点はいずれも右が起点となった。とくに3点目は左右に大きく振さぶり、中央オバメヤンがダイレクトで決める。香川は終了10分前に登場。これといった爪痕を残せず。

3月7日(火)
一級の事務所登録申請をする。その後、眼鏡屋前を通ると空いていたので作り直すことにする。KAMEMANNNENNから金子眼鏡へ変える。
021 CL アーセナル×バイエルン
コシェルニーが退場となると、バイエルンが一方的となる。2ndステージも5-1で圧勝。アーセナルは緊張感がきれてしまった。とはいえ、その時から前からのプレッシングが効かずにサイドからの攻撃を許してしまっていた。

3月5日(日)
020 ブンデス ドルトムント×レヴァークーゼン
ドルトムントは6-2で最後は突き放す。メンバーも固定されてきた。3バック+両ウイングのかたちでは、香川のポジション獲得は難しい。加えて、守備を安定させるために2ボランチでもある。前戦の速い3人に攻撃は任せるというかたちである。本来なら両ウイングが攻撃的になれば攻撃の厚みがでるのだが、そのかたちになりきれない。75分から香川はその左で出場。特に見せ場無し。

3月4日(土)
三渓園の臨春閣、聴秋閣に行く。聴秋閣は2層の楼閣建築で、2層目は展望台である。何かしらの模するべきものがあったのだろう、不思議に後付けされたような、おかしな2層目である。家光の時代のもので、数寄を極めた成功例としてみる。それが異形として表現されている。屋根の有機的なかたちも特徴的である。臨春閣はもう少し後の作品である。数寄屋書院造で、桂離宮と比べる人が多い。池の波からの波光が障子に投射され美しい。L時で池を囲み、その外が露地となる。
019 プレミア レスター×ハル
レスター、ハルとも降格圏を争うチームである。ハルが先制するも、レスターに焦りはなかった。果敢なプレッシングからいつかは得点可能な雰囲気を出していた。結局3-1のレスターの勝利。これでラニエリ解任後連勝である。岡崎もその中で躍動する。観ていてワクワクするゲームであった。ドルトムントよりこちらを観ることにしたのは、香川が不出場のこともあるが、圧倒的なインテンシティがみられたからだ。現在は、アシスタントであったシェークスピアがラニエリを引き継いでいる。ピアソンやヒディングなどの名が上がっているが、この遺産を活かしたままでいいのでないかと思う。

3月3日(金)
「アンナ・カレーニア」ジョー・タイト監督を観る。2012年の作品である。駿台の予備校時代、英語の奥井先生がこのトルストイの話をしていたのを思い出し、いつもはこうした文芸作品になかなか触手がわかないのであるが、今回は観ることにする。駿台校時代の当時、物理の山本義さんとかがいて、その顔ぶれ、キャラクターが凄かった。彼らには人を惹き付けつる強烈な思想があった。受験生でなく人を、である。大学ではこうした自由な雰囲気の毎日に触れることに憬れていたが、それはほぼ皆無であった。ぼくがそうした希望を大学にもつのは、小学校時代の「次郎物語」からはじまる。中埜さんと難波さんの事務所に行くようになったのもそれが実は大きい。この映画は、主人公アンナの生涯を描くものである。アンナは、19世紀後半の帝政ロシアの宮廷社会に生きた女性である。社会的貞操のある大臣の妻であったのだが、ひとりの情熱的な将校と出会い、彼との愛に溺れる。その葛藤を彼女の凋落を通して描く。そこには同時に、純粋無垢なアンナの親族の少女キティが対照的にいて、宮廷社会に馴染めない人生から農民として精神的に満たされていく人生も描かれている。ここまではよくある昼メロのようだ。そう思い触手がわかなかったのである。しかしそれが繰り返されることの意味は何だろうかと考える。アンナは、意識的に社会を阻害し愛に生きた。しかしなぜかしら宮廷社会に存在するのである。一方キティは、決して愛のみに生きられなかった。別の社会との接触の必要性を無意識であるが獲得したのである。アンナの夫は、感情を押し殺し、彼女を理論的に認めようする人であった。愛情を押しとどめ、社会と宗教に人生を捧げようとしたのであった。彼らを廻って、人の立ち位置が示されている。それは、社会・宗教・個人をめぐる人の立ち位置である。善・真・美に相当するものだと思う。人はここから逃れることはできないのである。この堂々めぐりが描かれている。これが不変な価値をもち続け、このテーマが繰り返される由縁である。当然この映画では、男性も同時に描かれている。アンナの夫や不倫相手、兄や将校たちである。それらを同時進行的に絡ませながらの濃密で構成的に優れている。人を惹き付けるのにはこうした背景がある。このことを少し理解できるようになった。

3月2日(木)
午前中、縦ログの耐火実験のため、木場の木材試験センターへ。窯の中で1時間燃焼実験をしながら、木材の燃焼震度と温度等を測定する。150ミリ厚の材では、燃焼外面は全く熱さを感じない。45分過ぎから製材同士の間から火が抜け、よい結果が得られなかった。1時間後、窯から材を出しいくつかの原因検討をする。午後大学行き。夜、M2生と3年間のお疲れ会を行う。皆、もてる力を出し切ったようであった。今年の学生は、名著を中心にして進行させていったことが特徴であった。それはぼくが特段薦めたものではないが、その選択の切掛けについて再度尋ねた。それは彼らにしてみると、全くの偶然であったという。とはいえ、置かれた状況に多大な影響を受けているはずなので、ぼくとしては、彼らの選択とぼくの興味を相対化することにゼミの進行に努めた。それが上手くいった場合に、よい結果が得られたのだと、反省する。ぼくは博学多識ではないので、この方法しかないのだろうとも思う。

3月1日(水)
年度末に向けての整理を一気に行うことにした。ほぼ完成させることができ、少しびっくりする。

2月28日(火)
018 プレミア レスター×リヴァプール
ラニエリ解任後のレスターは、昨季のメンバーで再スタートをきる。そこに岡崎もいた。そのメンバーで昨季と同様、果敢なプレッシングを行い、リヴァプールに仕事をさせなかった。岡崎曰く、全員が連動したのでやりやすかった、と。結局欠けていたのはこのチームスピリットであった訳である。先制、カウンターで追加得点するという展開も昨季通りであった。バーディーが昨季程活躍できないとの判断で、今季はチームを動かしたことが裏目に出たわけであるが、それも結果から逆追いでしかない。たらればは、禁物である。

2月27日(月)
「吉阪隆正とル・コルビュジエ」を読む。意匠は政治の影響を最も受ける。このことをつくづく思う。それを好みといってもよいが、時代やコンテクストに大きく左右される。だから形は個人的な趣味判断として机上にあげられることはあまりなかった。この本を読むと吉阪は、パリからの帰国後このことに疑問を抱き、形式化することを一生涯のテーマとした。学者であった立場もそうさせた。ぼくとしては、この形を=政治性として設定することで、色々なことが見えてきた。形は、(おそらく多くの人が考えていたように)合理的な思考の結果生まれるもの、あるいはその余白という訳でなく、政治的篩そのものなのだ。したがって、政治に無意識に押し流されてしまうのを嫌うのであれば、形の扱いを明示する必要がある。空間がユニバーサルになることによって、抽象性を獲得し、自由な取引対象物として扱われるようになったというルフェーブルのことを思い出す。それとは異なる歩みをする必要がある。
017 スペインリーガ アトレチコ・マドリー×バルセロナ
バルセロナも実力が拮抗すると華麗なパスワークだけではいかなくなることを知る。アトレチコが肉弾戦に持ち込んだこともそうさせているのだろう。泥臭いバルセロナを見た。それでもなんとか2-1で勝つ。先週CLで大敗したこともあり、メッシの気迫もこれまでにないものであった。

2月26日(日)
吉阪隆正のアテネ・フランセへ行くが、休日で閉まっていた。しかしコンクリート造形の迫力が伝わってくる。崖の縁に建っていて、その裏側は下を見下ろす開いたファサードであった。増築部分との対比も強烈である。再びトライしよう。その後、坂倉準三の日仏学院へ行く。これも急斜面に建っている。建物中央を通り抜けられるようになっていて、現在も学校として使われている。そこにエントランスロビーとブックショップがある。有機的造形の階段がコルビュジエを思い出させてくれる。何年かぶりに前庭で食事。今も変わらずギャルソンも客もほぼフランス人である。ギャルソンの姿勢もよく、きびきび動くところに日本人との違いを発見する。建物は基本的にL字型平面で、先の階段室のみ突出する。2階のホールには入ることができなかったが、屋根が特徴的であった。逆円錐型の柱頭が最も印象的である。フラットスラブかと思えば、梁がばっちりある。梁との固定度を高めるためだろう。スケールが小さいのもよい。1階は様々な機能をコンパクトにまとめ、スペース利用の有効性が示されている。近頃流行の場の提供とは異なるものである。しっかり計画され、そのかたちで65年間利用され続けているのがよい。
016 ブンデス フライブルグ×ドルトムント
フライブルクはドイツ南のフランス・スイスと国境を接する。環境都市として有名で、2万4000人収容のスタジアムの拡張も住民意識からなかなか実行が難しいと聞く。ドルトは前半攻め切れなかったが、後半2点を取り、最後は3-0という圧勝のかたちとなる。香川は点差がついてからの登場。ボールタッチが多かったのが印象的。欲しいシュートを1本外した。今日は無理な個人突破のパフォーマンスを見せず、安全な中継役に徹する。トゥヘルのファーストプランにはいるために香川に課せられたことを前戦の後に、感想として挙げたが、そうではなかったようだ。

2月25日(土)
卒業修士設計の外部講師を迎えての講評会。植田実氏、木下庸子氏、坂牛卓氏、古澤大輔氏を迎える。今年から議論する時間を増やし、優秀賞等を公開で決めることにする。千葉工大の特徴として、かたちのある提案を、大学院に至っても変わらずに設計することを、先生は皆評価してくれた。通常は経験を積むに連れて、形而上的な思考を重要視してしまうものだが、ブリコラージュによる創作が大きな成果をあげられることを知ってもらいたいと日頃から指導をしている。それを感じていただき一安心する。個別な批評として、途中退席であったが古澤さんの、作品の題材に近代を使ったものと、そうでないものふたつが明確にあるという指摘が面白い。これに沿って後の議論をしてみたいと思った。地方の町おこし、祭り、あるいはリノベーション、ビルディングタイプでいうと美術館でなく銭湯などは、近代から逃れたモノということができる。それらは、過去の自然・都市遺産を再生しようとするものだ。ぼくが思うにそこにはノスタルジーのある聖域が予め用意されているようで少し気持ち悪い。そこで行われる綿密なリサーチも、失敗の現実を直視できていないのでないかと思う。現実はそれこそ複雑にブリコラージュされていて、簡単には紐解けるものではないのだ。それにたいして、近代をテーマとして扱うものは、その紐解きを行おうとするものである。それも不可能なことであるが、それに向き合わなければならない限り、次の局面は見えてはこないともいえる。机上の空論かもしれないが、それに徹することが特に修士としては大事と思う。坂牛さんのこうした卒業設計の作品分類も面白い。作家論にもとづくもの、建築以外の軸(哲学等)を引用するもの、調査リサーチ重視型、社会問題提案型という分類である。作家論は、オマージュになりがちでその作家を超えるのが難しいという。建築以外の分野からの引用型は、これまでにないかたちを生む可能性がある一方で、なかなか評価されないという。リサーチ型は現状維持になりがちである。千葉工大は、各型に力作が揃い、そのバラエティの豊かさを評価してくれた。最終的に秋山くんの引用型が皆に評価された訳だが、その意外性を、モノとしての完成度と迫力にあると分析していたのが印象的であった。植田さんは、学生の作品に向かう姿勢を分析してくれた。最終結果も単なる通過点でしかなく、反対の過程にあるわけでもなく、対象の良し悪しより、設計者の視線、ぼくはこのように理解した。木下さんは、テーマの展開性を重視されていた。はじめて接する先生はほぼ前提は判らないのである。いいような解釈でなく、木下さんも論理的に捉えようとしているのが印象的である。4年生の作品が優秀賞に選ばれていたのは、そういう観点からだろうと思う。

2月24日(金)
設計方法小委員会に出席。神戸大の長坂先生のコミュニティアーキテクトについての草稿を聞く。彼も専門ではないという。コミュニティアーキテクトの歴史が判りやすい。日本では、滋賀大学で布野先生が近江環人として、そうした人を滋賀で育てようとしていたことを知る。その草稿の結論は、その地方に居座り続けることのできる個人の持続性とそれを成立させる社会的バックアップ体制についての重要性てあった。山崎亮さんが指摘するロバート・オウエンを思い出す。ロバート・オウエンは、19世紀の実業家で工場内に住居や学校をはじめ労働者のコミュニティ形成を目指した。それがラスキンやハワードへ引き継がれた。面白いのは確かオウエンは実業家であることだ。それは生産向上のひとつでもあったのだ。社会変換が求められるときに、コミュニティアーキテクトたる人が要請されるのである。
その後に、ぼくが池辺さんの「デザインスゴロク」と難波さんの「建築の4層構造」についての草稿の話をした。それ自体の解説に加えて、氏たちが、何を問題にしていたかを明らかにしたいと考えた。池辺さんは60〜70年代の建築の芸術性萌芽にたいして、芸術性×科学性を示したかったのだと思う。難波さんは、そうした池辺さんのシステム論にたいして、ユーザー、評価、建築家の主体性を加えたかったのだと思う。加えて時代は個人消費の時代から地球温暖化の時代に変わっていった。システム×主体 あるいは 地球×個人ということなのだろうと考える。しかしそれよりも、氏たちがそれをいかに形式化するかが興味深い。池辺さんは、そうした芸術性=形をスゴロクの1コマに位置づけるのである。難波さんは、主体性=記号性をひとつの層に位置づける。このことを行っているのである。闘う相手にたいして括弧付けをする。そしてそれをバージョンアップさせることが氏たちのテーマなのだ。それを相関主義といってもよいと思う。次に括弧付けするとは何だろうと考える。それは社会や建築を動かす政治性であると考えるがどうだろうか。近頃コールハースから学んだ批判的方法に、難波さんはその萌芽を見ているようである。
「羊たちの沈黙」ジョナサン・デミ監督を観る。田舎育ちの純粋な捜査見習いジョディー・フォスターと洞察力と体力が優れ社会適応異常者のアンソニー・ホプキンスの心理戦である。ホプキンス扮するレクターは全てが優れているが故に社会との歪みも大きい圧倒的存在感ある人物である。間にいる別の精神異常者もコントロールしているように感じられる。この映画のサイコサスペンス性はまさにここにあるが、展開に少し物足りなさを感じる。レクターが完璧な牢獄から、徐々に開放されていくストーリーであるが、それにつれてこちら(ジョディー・フォスター)の身に危険が迫るように展開されていないからだ。ジョディー・フォスターも徐々に解放されていってしまっている。彼女は追い込まれていくべきである。

2月23日(木)
015 CL セビージャ×レスター
前半のセビージャは、バイエルンのような動きをしていた。ボールを回しながらサイド奥から中央への攻めを徹底する。レスターは防戦一方であった。しかし後半レスターは闘志を見せはじめる。すると、セカンドボールを拾い始め、流れが少し変わる。そうした中でGKからの一発で失点する。おそらく走力のない2SBがセットプレーで上がったところを狙う作戦であったに違いない。あっさりであった。しかし今日のレスターは果敢であった。1点を返す。このアウエーの1点は大きい。次回のホームに望みを繫いだ。岡崎不出場。週末のカップ戦で1トップ先発も決定機を2度外してしまったらしい。試合後ラニエリの交替が報道される。

2月22日(水)
014 CL マンC×モナコ
後半に4点を採り、マンCがモナコを粉砕する。壮絶な撃ち合いであった。グラディオラは、闘いが好きなようだ。決して守備重視に変更しなかった。こうして選手の心を掴んでいくのだと思う。ドルトと同じ、4-1-2-3。ストライカーの両脇に早い選手スタリッジとサネを置く。インサイドハーフに、シルバとデ・ブライネ。次第にボールポゼッションをあげ、相手DF陣を6人で取り囲み回す。昨季までのバイエルンと同じである。中央にいるのは、今日はヤヤ・トゥーレであった。それが上手く起点となっていた。インサイドハーフに求められるのは、ワンツーでのDFライン間の突破とそのスルーパスである。徹底的にDFを押し込む。カウンター封じである。これをグラディオラは時間をかけながら仕上げていった。しかし今日の得点はことごとくセットプレーによるものであった。

2月21日(火)
天気がよいので、「ビラ・クゥクゥ」吉阪隆正設計へ行く。事務所から歩いて行けるところにあった。思ったより小さいことが第一印象である。やりっ放しコンクリートが現在薄く白く塗られ、少しおとなしくなっている。ロンシャンを思い出させる窓も塞がれている。建物を少し道路に対し傾けているのはなぜだろうか?そのため今でも作品の4周を伺うことができる。日本的な感覚は薄く、固まりの建築である。

2月20日(月)
「吉阪隆正とル・コルビュジエ」倉方俊輔著を読む。これまで吉阪隆正についてほとんど知ってはいなかった。樋口邸に触発されて読む。吉阪はかたちつくることに前向きである。それはコルビュジエとの出会いが切掛けだという。吉阪がアトリエでコルに出会えたときの臨場感は生々しい。アトリエは現在、パリサンジェルマンのスタジアムに接していると思う。数年前訪れたときには工事中であった。アトリエ勤務で吉阪は、造形を全体から部分まで通底させることにこの決意したそうだ。そして帰国後、かたちの論理つくりにとりかかる。おしくも60年代は池辺陽をはじめ、設計方法論が盛んになったときであった。モデュロールもそのひとつである。コルビュジエから翻訳を是非にと薦められたという。先日気になっていた仙台計画は73年。これは、このかたち論理を都市にまで拡張させたのである。こうした一連の流れがポストモダンに吸収されいつの間にか無効化されてしまった。倉方さんにこの経緯を聞きたいと思った。

2月19日(日)
成城にある吉田五十八設計の猪俣邸に行く。先日、藤木先生から教わった。成城の街の閑静な住宅地の中央にあり、無料開放されている。全ての材の角が落とされている。木建具が現在も完璧に機能する。木桟が多く使用されその暴れもない。水沢工務店による67年の作品である。建具は一方向引き。間口いっぱいに開き庭と一体化する。梅の時期であった。椅子も低目のものである。寸法体系を知りたいと思った。空間の質が和でないのは明らかである。建築を木造でつくろうとする意図がはっきり見える。茶室は2箇所。大きいものと小さいものがある。現在も塀がなく低い生け垣だけで保存されているのもよい。当時を思い出させてくれる。帰りに、ナチュラルアングルにより、篠原一男の住宅と吉阪隆正設計の樋口邸を見る。この造形力に圧倒される。

2月18日(土)
013 ブンデス ドルトムント×ヴォルスブルグ
今日は、デンベレとカストロがインサイドハーフに入る。驚くべきはデンベレであった。これまでと異なり、エゴを捨てパッサーに徹し、3点全てに絡む。解説者は、デンベレにとって新しい境地に入ったと評する。75分から香川登場。香川の動きに変化があった。動いてパスを受けるというより、しっかりパスを受けて自分でマークを外すプレーに終始していた。それが数度見られた。トゥヘルがインサイドハーフに要求していることとはこのことなのだと気づく。DF最終ラインを攪乱するためには、その前のプレッシングを外すことからはじめなければならない。トゥヘル好みのゲレイロは体のキレでこれを可能としている。前を向いて裏へのスルーパスは、それ程チャンスが訪れるものではないので、局面を変えることは難しいということなのだろう。思えば、香川がユナイテッドで成功しなかったのもここにあった。香川がこれに気づいたに違いない。トゥヘルは細かい指示を与える指導者と聞いていた。このことなのだと合点する。

2月17日(金)
第2回目の教科書会議。彰国社で行う。それぞれの先生の考えを広く聞くことができた。バリエーションのある本になればと思う。その後石原先生と藤木先生と食事。藤木研究室の論文について盛り上がる。藤木先生は明治期に日本が西洋文化を受け入れる時の建築の動向に興味があるようだ。彼はそれを官邸の分析から研究している。柄谷行人はその時期の文学について批評している。和様化が行われるのが主であるが、夏目漱石のような人もいた。それついて議論。帰宅後「カンバセーション」フランシス・コッポラ監督を観る。盗聴のプロであるジーン・ハックマンが、逆に殺人事件に巻き込まれるサスペンス映画である。どことなく「裏窓」を思い出させてくれるが、鑑賞者であるぼくたちは蚊帳の外である。臨場感という点ではヒッチコックが数段上であった。コッポラ監督のその後の「地獄の黙示録」もそうであるが、映画におけるストーリーと映像の分離がこのころからはじまる。映像の迫力とリアルさで臨場感を掴もうとし、映像が肥大化していくのである。そしてストーリーはそれとは別の哲学的なものに変わっていく。ヒッチコックにある鑑賞者を巻き込むための仕掛けというものが消えていった。このころの俳優は大変だろうと思う。若きハリソンフォードが、仕掛け人の秘書というキーパーソンとして全体を通して登場するが、まだ生き生きとした演技をしていない。監督に動かされている。その後、「地獄の黙示録」「スターウォーズ」と繋がっていった。

2月16日(木)
011 CL ベンフィカ×ドルトムント
ドルトムントは攻めきることができずに敵地で0-1で負ける。香川は出場なし。オバメヤンが完全にブレーキとなった。2本のシュートとPKを外す。その後に交替させられる。エースを替えることで、トゥヘルは批判をあびる。悪循環である。香川不出場。
012 CL バイエルン×アーセナル
1-5でアーセナルが負ける。ゲームはじまりは、アロンソを2ボランチがマークすることでゲームを支配しようとしていたが、それが不可能であるとわかるとラインが下がりはじめ、自由にボールを回されてしまう。特にアロンソから右の展開が凄かった。ロッペンのシュート、ラームのセンタリングがいくつも続く。結果、アーセナルは歴史的な敗北となる。アロンソの起点も優れていたが、フンメルスの縦パスがアロンソがマーク外れることを助けていた。今季のドルトにはこれが全くないことを痛感する。

2月15日(水)
修士設計の学内講評会。各自が早い時期に古典的著作を読みこなし、それに基づいて設計を進めるかたちをとれたことが今年の修士設計を面白くした。指導教員としては、できるだけ選ばれた著書の歴史的位置づけを説明し相対的な視点が各自もてるようにした。それは大文字の建築との関係を意識させることで、それとの振れ幅が大きいほどユニークな表現に繋がっていったとも思う。秋山くんの作品は、最近注目のオブジェクト指向存在論(OOO)に基づき、人間主義的な思考を一端避けたところから構築する意欲的な作品であった。人は知らず知らずのうちに決まったルーチンに支配されているのである。建築にはそれが時に足かせになる。こうした疑問から出発した計画である。敷地には、日本海軍無線所があった直径800mの巨大なサークル地が選ばれた。現在そこには団地が建ち、付近を散策してもその巨大円を意識できるものでない。彼の4つの作品は、周縁にあった副塔(60m)の痕跡上にあり、そのパースから微妙な機能性を喚起するものとなっている。その点で成功した。しかし次に、4つの連関を想像してしまうのであるが、そこには十分に応えられていないことが残念である。高橋沙織さんは、コルビジュエの全作品をトレースすることからはじめている。そこには未完のプロジェクトや絵画作品も含んでいる。そこから、コルの近代主義を乗り超えようとしていたもがきを発見した。均質空間に代表される直角と有機的な曲線が生涯を通じて同居しているのであるが、曲線が抽象的なものから女性の体(しかもボリュームのある)や動物(牡牛)に変わり、直線との差異が華々しくなっていくのである。本設計の狙いは、道路区画を基本とする現在の用途地域制都市の批判である。そこにコルの曲線を持ち出し、新しいグリーンベルトをつくろうとするものであった。それは、コルのアルジェ計画に見ることができ、あるいは吉阪隆正の仙台計画にも類似例をみることができる。ただし、ドローイングに失敗した。前任者のドローイングを彷彿させるようなものにするのも手だろう。高橋由寛くんは、一般的には多経路選択性が豊かであるものとして評価される界隈性を、反対に高密度集積させていることがユニークであった。それは集積回路のようなプランであり、SANNAのアルメラプロジェクトを思い出させてくれる。PC的なヒューマニズムがはびこる中、建築を冷静にモノとして見て、モノの配列純度を上げていく強い意志を評価したいと思う。界隈とは異なる新しい建築が生まれている。額賀くんのテーマは「カワイイ」である。カワイイを歴史的に定義することからはじめている。彼の結論がユニークである。一般に考えられているものとは異なる。カワイイは、かたち自体にあるのではなく、受け取る人に委ねられているという訳だ。カワイイと感じるのは、人がまず何かに見立てることが必要があり、次にそこにスケールギャップを克服する必要があるという。したがって、カワイイは生きる文化や時代、立場に大きく左右される。そういう観点から彼の作品は、一般にカワイイとされるものとは異なっている。あくまでも建築的なコンテクストをもったものだ。そこがユニークたる由縁である。代々木公園に代々木体育館をひとまわり小さくしたような子ども施設を計画した。原くんは、批判的地域主義を批判する作品の提案である。昨今のグローバリズムによってもはや地域主義が機能する地域はほとんど失われている。こうした疑問から出発している。敷地は東京の需要性(ポテンシャル)の高い銀座の高密度な場所が選ばれた。それを収容しつつも空いた空間を、積極的にかたちあるヴォイド空間として提案するものである。それは、経済性を免れた場所であると同時に都市の表面的な批判をすり抜けるポジティブな場所である。こうした手法をこの作品ではダーティ・リアリズムといっている。建築でいえばレムの今世紀はじまりの思想に多大な影響を受けていて、他者の他者性と本作品がいっているように、批判を用いた新しい建築の手法である。これを評価したい。谷田部くんの作品は、廃線跡地に再び、経験による場所をつくり出そうとする作品である。「場所の現象学」エドワード・レルフ著と「空間の経験」イーフー・トゥアン著から多大な影響を受けた。そこに提案されているのは、空間で完結する経験を与えるものではなく、組紐が幾本かの糸によって絡み合うような線的に展開する機能空間である。経験はところどころで交差する空間で期待され、アクシデント的に起こる。テーマが真っ当であるが故に、その表現の仕方が難しかったのではないか。あるいは、そうした経験の場がない、あるいはつくれない現実を受け止める必要があった。そうしてその無力さに対し批判的あることもひとつの表現方法と思った。つくづく表現方法は難しいことを知る。

2月14日(火)
縦ログ構法実験のため、春日部の建材試験センターへ行く。大空間で3つばかりの実験を同時に行っていた。昨日持ち込まれた6試験体のうち、2つめを見学する。相関変形角度を上げながら水平耐力を確かめる試験である。詳しい所見はこれからであるが、ぼくが判断するに、柱脚ジョイント部のボルトが破断し、縦ログ自体の限界耐力が発揮できていないのではないか?ただし、予備実験より降伏点前の耐力は上がっている。もう少し耐えられるとよいと感じた。予備実験を繰り返していたのだが、なかなか難しいことを知る。途中、昨年お話しを頂いた住宅を車越に見る。どうやら新築を止めてリノベーションに切り替えたようであった。ぼくらの案もそうであったが、厳しい予算内でのクライアントの要望を受け入れることは不可能であった訳だ。夢が大きくなっているクライアントに現実を提示することは難しいことを当時知った。このことを思い出した。当初から予算的にかなり厳しいことが判っていたので、もしもう少しの信頼を頂いていたなら予算にチャレンジすることも可能であった。しかし、そこまで信頼を勝ち取ることができなかったので、踏み込むことができなかった。当時クライアントは、他に救いがあるのではないかという期待から、少しずつぼくから離れていったのである。ぼくにはその条件に応える名案があったのだが確実性がないので、信頼を得ることがまず必要であった。落ち着くところにおさまった現実を見て、少し悔やまれる。

2月12日(日)
「セイビング プライベート ライアン」スピルバーグ監督を観る。最初の30分の戦闘シーンに圧倒される。生死の臨界がそこに描かれていた。テーマは、戦争という不合理なシステムの中における生の人間性である。果てしない虚無を前にしても、それに関わらず人はポジティブに生きることに価値があるのだ。気づくかどうかに関わらず多かれ少なかれ人はこうした状況に直面しているのである。物語は、ライアンというごく普通の一兵兵を敵陣から救助するものである。それは、通信係のおばちゃんの発見に端を発したヒューマニズムに由来するもので、戦争で一度に3人の息子を亡くした母親の悲しみを解き放すための、4人目の息子がライアンなのである。そのためにひとつの小隊が潰れてしまう。そこにも当然家族がいるのだが、それを嫌味なく愚直にまで率直に人間性を描くことで、ぼくたちに戦争、あるいは人間が考えたシステムの全くの不合理性を示している。カメラワークも激しい。緊張感のある3時間映画であった。

2月11日(土)
010 ブンデス ダルムシュタット×ドルトムント
「歴史的屈辱的な敗北」というタイトルに相応しい負けをドルトムントは経験する。全くよいところがなかった。18歳を抜擢し、香川、シュールレ、カストロ、デンベレらはベンチである。選手の混乱とモチベーションが心配である。サイド中心に攻められ、特に左18歳DFの裏を狙われていた。トゥヘルの天才的閃きだろうか、選手が全くついていけなくなっていることを感じる。トゥヘル体制も長く続かない気がする。今週のCLが正念場だろうか。

2月10日(金)
「裏切りのサーカス」トーマス・アルフレッドソン監督を観る。サーカスという英秘密情報部を舞台とする2重スパイ映画である。かつての007のようなアクションやハリウッド映画のような残忍さがなく、ストーリー展開が巧妙であり、映画全般にわたるディテールが凄い。例えばサーカスのある建物は、三角錐のガラストップライトをもち、元々は中庭であったところに建てられたものだ。天井高があり、そこに雑然とデスクが並べられている。中央には吸音材が敷き詰められた幹部用の会議室があり、その横には矩形の机に囲まれた吹き抜けがある。建築的である。登場人物の設定も説明的でないことが、この映画を面白くする。主人公がスマイリーであることは、20分過ぎに判る。彼が台詞を発するのもその頃からである。回想シーンが多く、現実と連続的に描かれる。そのために小道具、ディテールに凝る。例えば、主人公の眼鏡のフレームの色によって、時間関係を明確にしている。スマイリーが退職後にフレーム交換するシーンによってそれが示されている。あるいは、登場人物の過去の人間関係などは、全く別のシーンに現れていたりする。車は部下の小型シトロエン。公用車ではない。音楽は、楽天的なフリオ・イグレシアス。最後は小気味よく終えるのに最適だ。観た後に回想すると謎がさらに解けてくる映画である。

2月9日(木)
卒業論文の発表会。いくつか新しい情報を得る。仮設住宅は9坪が基本で建築費は250万程だそうだ。現在計画している小屋と同程度の価格である。現在は復興住宅へと転化し、その役目が終わった仮設住宅の再利用はあまり進んでいないらしい。吉阪隆正氏の70年代の仙台計画に興味をもつ。さらに知りたくなり「吉阪隆正トル・コルビュジエ」倉方俊輔著を読むことにする。廃仏毀釈によって、東京の寺は神社へ変わるものがあったというが、多くは経営が難しくなり宗派内での統廃合がなされ、廃寺となり宅地化されていったという。円形校舎とNAU(新建築家集団)が関係していたことも知る。NAUはモダニズムに内在していた科学的合理主義と史的唯物論の対立を乗り超えようとする動きであったと理解していた。とすると、円形の校舎は、芸術性と、建築の社会性、とくに技術、機能、経済に還元しようとすることのせめぎ合いの結果であった訳だ。

2月7日(火)
卒業設計の発表会。今年はナイーブな案が目立つ。地方に計画敷地を選び、街に対して仕掛けるというより、そっと寄り添う場の提供をコンセプトとする。これまで行われてきた建築にたいする考え方、それは建築の意図を、いかに体験させることができるかということであるが、こうした考え方に疑問を呈することから出発する作品である。とはいえかつてポストモダン以降のように、その関係の無効さを開き直るというヴェンチュリーを代表とする表現でもなく、空間の共有可能性をどこか信じている。かつての開き直った作品は、批判的であることで作品たらしめていた。それ以降は、技術や社会、地域の変わり様に身を任せることで、その問題を自ら応えることを宙づりにしてきた。それは、フランプトンへの批判でもある。そうしたことを考えるといっそのこと、徹底した個人的な視線を作品に持ち込んだらどうだろうか?と思う。いよいよこの問題から避けられなくなってきた。1年前に読んだジジェクの「信じるということ」を思い出す。事務所に戻り、再読。この本は、マルクスが内在する障害を見過ごしたことを批判するものであった。それを建築に置き換えることができた。障害が建築にもあり、それが社会構造を変えるポテンシャルとなるとはいえないだろうか。今日の場合でいうと、意図と空間は別物であるにも関わらず、その関係が信じられているということである。マルクスは、余剰価値と余剰享楽をポジティブに捉え、貨幣社会に囚われてしまっている潜在的な障害を散逸させていた。「信じるということ」では、これに批判的である。かつてのエディプス的な大文字の他者は、現在個別的で偶然な小文字の他者へと移行した。その小文字の他者が、ガジェットとして、根本的な欠如の具体的な現れとして存在しているのである。こうしたことが卒業設計でも現れている。

2月6日(月)
009 プレミア レスター×マンU
レスターは得点できずに泥沼にはまっている。今日岡崎は先発出場。ポグマとのマッチアップ。ボール奪取に何度も成功するが、先には進めることができない。岡崎に限ったことでなく、チームとして同様である。前半終了の5分間で2失点する。最終ラインを崩された。これで万事休す。岡崎も前半で交代させられる。しかしチーム状況は変わらない。後半早々には、マタとムヒンタリアンにワンツーで崩される。かつてのユナイテッドでは見られなかった攻撃である。ユナイテッドは後半から、2列目中心の攻撃に変え、レスター最終ラインがそれに対応できなかった訳だ。レスターはバーディーのスピードとキレ頼みで、そのパスへの出だしが完璧に封じられ、為す術がない。

2月5日(日)
008 ブンデス ドルトムント×ライプツィヒ
1-0でドルトの辛勝。ロスタイムではオフサイドの判定に救われる。ガチでゲーゲンプレッシングを実践する新生ライプチッヒに、この数試合と同様、ドルトはゲームをコントロールできなかった。得点は、デンベレの個人技によるチャンスメークからで、そうした展開のみにしか可能性が感じられなかった。したがって、決して褒められたものではない。ゲームメーカーとなる香川、ゲッツェは出場なし。カストロはベンチ外である。トゥヘル采配にたいする疑問が、このところ聞こえはじめてきている。しかし勝利によって3位に食い込む。

2月4日(土)
午後に敷地を訪れ、再確認して打ち合わせにのじむ。夕方までお話しをする。さらに多くの希望を持たれているようだ。今日は断熱性能や材料などの、ぼくが判るだけの情報をお話しする。彼の興味は尽きない。なんとか期待に応えたいと思う。
007 スペイン バルサ×アトレチコ・ビルバオ
久しぶりのスペインの試合を観る。バルサGKは、足下が特別上手いとは言えなかったが、GKからの繋ぎのビルトアップがチームとして徹底されている。これはなかなか真似できないものと思う。今日のバルサの調子は今ひとつであったので、アトレチコがひとつ早く決めていれば展開は180度変わっていたと思う。バルサはそうしたミスにも助けられ3-0の勝利。

2月3日(金)
難波事務所で行われる縦ログ構法研究会に出席。7倍の壁倍率を確保することはかなり難しいことが予備実験から判る。木は柱脚の固定方法がクリティカルになる。土台は間柱などの納まりに適するが、構造的にそれを介することが弱点になる。木造とS造の違いがそういうところにも現れる。事務所に戻り、明日のプレゼの準備にかかる。これまで集合住宅の計画では、集合することをネガティブにとらえ、いかに集合の中での個の快適性を確保するかを考えていた。今回のプロジェクトではこの考えをひっくり返したいと考えた。集まることでなければできない空間を目指したいと考えた。それでこれまでと異なり、ひとつのボリュームをもつ外形となった。このことが意外であった。

2月2日(木)
昨日は欧州の冬の移籍の期限日であった。本田は残留。清武は日本へ戻る。対照的である。半年で成果をあげるのは難しいことなので、もう少しがんばってほしかった。セビージャで痕跡を残すことができれば、トッププレヤーになれたと思うのだが、代表へアピールすることに焦ったのだろう。清武獲得後のセビージャはチーム方針を変更したのがよい方向へ展開し、現在バルサを押さえてリーガ2位である。この好機を逃すまいとナスリをはじめ、チームでフィットしない一流選手の乱獲得をする。これに清武は巻き込まれ、貧乏くじを引いてしまった。繰り返しになるが、スペインで成功しないことの方が大きいのだから、それを前提にプランをたてるべきであった。そのつけは大きいと思う。それにたいして本田は、焦らず動かずに好機を待つ。自信があるからだろうか。

2月1日(水)
新しいプロジェクトの方針を箇条書きにし、いくつかあった可能性の中から案から絞り込む。当初と方針の優先順序が前後することを経験する。敷地の性格が異なるものの先日行ったコンペとの重なりも多い。箱に外と中へのふたつの開き方があり、拡散するかたちである。

1月31日(火)
006 プレミア バーンリー×レスター
0-1でレスター負ける。好調なバーンリーが相手とはいえ、レスターはチャンピオンである。しかし4試合得点がなく、今日もな術を持ち合わせていなかった。岡崎も後半30分から出場。彼もほとんど何もできず、これまでにない危機感を示していた。バーディーを走らせるロングボールに終始し、それがプレッシングからの展開ではないのでたいして効果がなく退屈であった。

1月29日(日)
午前中に芳賀沼さん来所。次のプロジェクトについて意見交換。夕方からフェデラーとナダルの全豪決勝を観る。試合中は終始平常心を保つフェデラーが印象的。優勢時も劣勢時も変わらない。しかしフルセットの後、勝利すると喜びを爆発させていた。

1月27日(金)
ナダルとディミトロフの試合を観る。といっても後半からみはじめ、最後まで惹き付けられてしまった。5時間の死闘であった。テニスはつくづく経験が左右するスポーツであると思う。ナダルはミスしても最後は崩れなかった。それがぼくらを引き付ける。夜BSで「バーディ」 アラン・パーカー監督を観る。南フィラルデフィアという片田舎で生まれ育った無垢な2人の青年の友情を通して、人間の弱さを描く。やんちゃであった彼らは高校卒業後、ベトナム戦争に臨み、人間性を完全に去勢されてしまう。言葉を失い自閉してしまうのである。彼は高校時代から執着していた「鳥」になってしまった。それは、籠の中で囲われる鳥である。やんちゃなころの無鉄砲な主人公を支えていたものは、それとは異なる鳥というものであった。鳥が飛ぶことができるのは、能力そのものがあるからでなく、飛べることを信じて止まないという持論であった。そこから彼自身も実際に空に羽ばたくことを試みる。しかし、その現実を理解するにつれて、それが彼の中のイマジナリーなものへとなり、自閉してしまう。彼は小鳥を愛し、鳥の世界が全てとなってしまうのである。田舎に育った無限大の青年が、戦争によって、全てを失うというなんとも厳しい映画であった。人は外向き思考である必要をつくづく思い知らされる映画であった。

1月26日(木)
大倉山のSANNAの集合住宅を経験。集合住宅ではなく、3層メゾネットの店舗となっていた。駅前の商店街の中にあるので無理もない。上階を事務所とし、2階が落ち着いた店舗である。そこはカフェやワインを提供する店である。各住戸は独立したコンクリートの箱である。箱といっても複雑な形である。が、最近の作品にあるように立体的なものではない。その間を人が散策する。この場所に固まりの建物があることを想像すると、街に果たす役割は大きいことを感じる。

1月25日(水)
3年生の設計3 学外講師を迎えての講評会。能作文徳氏、伊藤暁氏、日野雅司氏を迎える。能作さんは、批判によって建築にする大切さを説いてくれた。したがって、システムに頼る学生に疑問を呈し、様々な視点から学生に質問することによって、システムの前提を問うていた。そうした中で評価するのは、やはり斬新な切り口を模索する作品というより、作り込むことで多様性を示そうとする作品であった。ひとつは、路地に対して無批判でありつつも、それを丁寧にかたちに落としていた作品。路地を評価するのは、極端にいえば建築家の世界に限ったものであり、これまで社会がそれを受け入れていない現状を考慮すべきであるという括弧つけがなされている。もうひとつは、ひとつのユニットを展開したものである。プログラムとの丁寧な対応が評価された。日野さんは、そうした批判的な構築方法にたいして、デザイン意図と評価は決して一致することはないといい、そうした前提に立ってデザインすることの方が大切であることの話をしてくれた。つくり手の立場にたった発言だろう、このことが印象的である。システムにたいしても同様の考えをもつ。システムはアイデアを拘束するものでなく、様々な解釈を存在させるものであるという意見をもっていた。以前所属していた山本理顕事務所では、大きな物語をまとめる共通言語のような働きとしてシステムが考えられていたという。とはいえ、最も評価していたのは、システムのない全体像のない作品であった。その作品は、個々の空間が独立し、それへのガバナンスが不思議なものであった。それだけ新鮮であったのである。伊藤さんは自身の学生時代の体験を紐解き、信じることへの信頼を真面目に話してくれた。現在は建築の定義が揺れているという。リノベーションの経験を通して、かつての構造や設備と空間の関係はもはや成り立たなくなっていることを力説する。もっと建築との関係はダイナミックであり、教条的ではない。だから模索するのだということが印象的であった。そうした考えから日野さんと同様に、全体像が決して明確でない不思議にひとつにパッケージされたた作品を評価していた。今回の講評会で、講師の間でも議論が白熱したと思う。こういう状況を提供してくれた3氏に感謝しなければいけない。

1月23日(月)
2年生後期幼稚園課題の学内講評会。保育室を自立させる分棟型作品が多かった。その場合、中間領域の提案だけでは差異化ができないので、個々を集合させる方法をあらためて考える必要がある。一方で、これまでの設計のように室同士の関係を紐解いて独自の構成を試みる意欲的な作品もあった。来年度に期待。講評会の後、長年授業に関わっていただいた千葉先生の感謝の会を銀座(ヴァンピックル)で行う。店内に豚一頭が熟成保存されている欧風串揚げ屋であった。おもわずダミアン・ハーストの作品かと目を疑う。置かれるコンテクストによって意味は全く異なる。若き千葉先生の破天荒なところ、モンゴルのこと、をお聞きする。

1月22日(日)
錦織がフェデラーに負けるのを、コンペ作業の合間に観る。決して動じない経験あるフェデラーにたいし、追い込まれていく錦織というかたちであった。ただし、錦織も最後は踏ん張り、屈することはなかった。勝敗を分けるような派手なプレーが両者になく、持久戦に近い山場のない試合であったと思う。とはいえ、フェデラーの返しは早い。ボールが跳ねた瞬間を振り抜く。錦織はそれへの対応が精一杯で、ベースライン近くまでの深い攻めの折り返しができていなかった。このことが素人目にも分かった。ゲームセット直後の、まるで優勝したかのようなフェデラーの喜びが印象的であった。あと一歩。これが実に遠い。

1月21日(土)
新しいクライアントと会うため、昼に事務所を離れる。自宅を訪れ概要をお聞きした後、一緒に敷地と街を歩き回った。視点が街に向かっているのは建築家以上で、びっくりする。歩き回り、気づくことがたくさんあった。その中でもこの街の高低差に惹かれた。山の上に登ると風景が拡がるのだ。下からのその変化は劇的で、それ程歩かなくとも可能である。ここが面白いと思った。こうした空間構成をかんがえてみよう。その後食事をしながら様々な話をする。たくさんの建築のことを吸収しようとしていて、ぼくの方が慌てる程であった。この熱情に応えるために、ぼくも多くのことを尋ねる。真意が何かを掴みたいと思った。その結果。これまでのクライアントより突っ込んだ会話ができたことは有意義であった。この期待に応えなければならない。
005ブンデス ケルン×ドルトムント
ブンデスリーガが再開した。香川が先発出場。2度好機を外す。下がり目で長めのスルーパスも数本試みる。とはいえ、チームのコンディションはそれ程よくない。下位グループに留まっている10人のチームに対して漸く勝てたという感じであった。最終ラインが不安定であり、攻撃がちぐはぐである。戦術を熟成させようとする選手と個人技に走る選手が噛み合っていないからだ。結果を後者が出していることも問題を難しくしている。今日も交替の後の逆転である。2-1でドルトの勝利。

1月20日(金)
難波さんとはりゅうスタジオとコンペの打ち合わせ。ひとつのシステムを突き詰めるときの破綻にこそデザインが生まれるという共通認識のもとで、システム設定にかんする議論を長々と行ってきたと思う。通常は純化収束するところを、発散させもうひとつ大きなシステムをつくるようなものである。そのために他者の存在が大きく関わるのだが、ぼくにとってはこれまでと異なり大きく変わったことを経験する。

1月19日(木)
モディリアーニの特集で、あの首が長く、なで肩の、眼球がない特徴的な絵は、ドラッグによるものだと知る。モディリアーニは、絵が評価されず、酒とドラッグにおぼれていったという。その幻覚があのような特徴を生み出した。彼はするどい観察をもち、彼独自のスタイルに持ち込み、ひとりひとりのモデルの個性を表現できた。しかしそれは、社会に受け入れられなかったという。30歳の前半で病に倒れる。個展も一度だけ経験する。しかし裸婦画が問題になり初日で中止になった。その波乱の人生は、映画や小説に多く書かれている。

1月18日(水)
3年生の設計講評会。通常設計するとき、外部条件を引き受けて行う。それに自覚的である必要がはじめにあり、次に条件を組み立てることに自覚的である必要もある。しかしこの後半が実は難しい。これを放棄したらどうだろうか?こうした見方をすると面白い作品があった。PCMのCritical Method とはこういうことなのだろう。人は分析を容易にできても、そこから創造することは難しい。分析に終始し、構築に関して開き直る方法のようなものである。建築の王道であった「構築の意志」という土俵に敢えて乗らない方法である。

1月17日(火)
卒業設計の中間発表。図面の完成度を中心にみる。この時期にコンセプトを見直すことは無理なので、ひたすら完成度を上げる指導に終始する。夕方難波さんとコンペの打ち合わせ。案を収束させる。

1月16日(月)
朝、錦織の試合があったようだ。オーストラリアとは時差はないことに気づく。夕方は長い会議であった。主体性を消すために外にある規則を引用し、客観的に語ることがある。しかし、その規則の引用に恣意性は溢れている。このことに疑問を持たないのだろうかと思う。あるいは、こうした主体性を避けることができない現実を知りつつも、主体性を出さないことが最低限の議論のマナーであると考えているのだろうか?もしかしたら、曖昧であるが結論が既にあり、そこへのステップを、主体性をなくし組み立てることを成果と考えているのかもしれない。そのため問題が共有されずに、議論が不可能になる。アレグサンダーのいうAシステムとBシステムのバトルとはこのことをいうのだろう。対立するイデオリギーに焦点を与えるには、もっと大きな他者というものがが必要となる。
004プレミア マンU×リヴァプール
終盤にユナイテッドが追いつき1-1のドロー。リヴァプールの前線からのプレッシングが試合早々から効く。ユナイテッドはかたちがなかなかつくれなかった。そのためモウリーニョはポゼッションサッカーに固守しない。後半からフェライニを投入し、ロングボールによる戦術に変更。中盤のフェライニがボールをキープし2バックで攻め立てた。戦況ががっらと変わり、ユナイテッドが追いつく。こうした柔軟さが必要である。

1月15日(日)
先日オープンした太田市美術館図書館へ行く。駅前の公共施設であり、箱型展示室の周りにリムと呼ぶ外に開かれた図書館やカフェ、テラスが立体的にまとわりつく構成である。イベントスペースもそうした周りのスペースにある。展示室箱は柱梁構造で外側の柱間が本棚である。残念ながら図書館はオープン前で、入ることができなかったが、外から本棚がよく見える。ここまで開かれ裏表のない図書館はこれまでなかっただろうと思う。箱の周りを登りながら本を手にする住民を予想できた。避難の問題もあるのだろう。テラスがあちこちにあるのも特徴的である。そこには階段がついているが予算の関係だろう、それは小規模である。ダイナミックな引き込みにまではなっていないのが少し残念であった。というのも、リムを単一機能が付加された動線ではなく、もっと街で生まれる出来事のように、偶然性が起きることをねらっていると思われたからだ。随所でリムを交錯させ、空間を上下でぶつけ、一筆書きにならないようにしていることから想像される。外からも同様の連続性があって然りである。仕上げは全て白と床のコンクリートで統一されている。背景として本が並べられることを意識したものだろうか?スロープという段差以外は連続的である。それによって箱の構成を判らなくしているのは、箱とリブを曖昧にするためだろうか?それだけ箱の存在は大きい。箱の意味を考える。メインの展示室は、150㎡ないだろう。天井高は2層分ある。こうした箱をもっとポジティブに考える方法もあると考えた。

1月14日(土)
003プレミア バーンリー×サウサンプトン
今季吉田は重要なサブ選手として、ELとカップ戦が主戦場であった。ところが、キャプテンCBのフォンテが移籍を希望したため、吉田にチャンスが廻ってきた。前回のリヴァプールのカップ戦に続き、安定した役割を果たす。プレミア選手を相手にここまで安定した吉田の成長に驚く。ところが、昨季からの攻撃陣の主力が抜けたため、可もなく不可もない戦術は退屈である。現在の順位が示すとおり中間チームとなってしまった。サイドを中心とするが攻めきれずに、一端サイドバックに戻し、そこからのぬるいセンタリングしかない。従来のイングランドサッカーといえばそれまでであるが、結局セットプレーを決められ0-1で負ける。熱烈サポーター以外のファンを惹き付けることはできないサッカーである。

1月13日(金)
難波さんとコンペの打ち合わせ。アイデアを収束させるも、課題は、体験としてこのアイデアが実際に感じることができるかである。プログラムの細かいところを詰め始める。夜BSで「タクシードライバー」76年、スコテッシ監督を観る。主演は26歳のロバート・デ・ニーロ。細く若いことにまずはびっくりする。70年代の衰退はじめるアメリカの実情を浮き彫りにする映画である。デ・ニーロふんするトラヴィスはベトナム帰り。豊かであるが故に腐敗する社会に矛盾を感じ、孤独に追いこまれ、いつしか浄化という名のもとの犯罪者へと転落していく。そのNYに、生も含めてリアルというものはない。トラヴィスが打ち壊そうとするのは実はそうしたアンリアルな自己であった。大統領暗殺が未遂に終わり、ギャングに討ち入りに行くまでは、一般的なストーリーである。しかし最後、彼は死にきれずに、マスコミによって英雄に逆に仕立て上げられる。簡単にリアルな死させ獲得できないのである。タクシーが流しながらのNYの街は、バーナード・ハーマンのサックスと相まって、実に妖艶で不気味に描かれている。そのNYとは全く異なる心叫ぶ音楽として、ジャクソン・ブラウンの「Late for the sky」が使われていたことにびっくりする。70年代後半の高校時代に浜田省吾からその曲を知った。トラヴィスの低い一定のトーンの演技とは対照的であった。彼はゆっくりと足でその曲を否定するように、それが流れるテレビを押し倒す。

1月11日(水)
「驚異の構築」を再読。ミレーの「晩鐘」は、貧しい農夫婦が秋の夕暮れに、教会から響く鐘の音に、作業を一端とめて神と大地に祈りを捧げる絵である。このことはおそらくほとんどの人が納得することである。そのストーリーにあった厳かな雰囲気をこの絵は見事に描いている。ここに描かれる農夫の絵と鑑賞者であるぼくたちはある真っ当な強い関係をもっている。コールハースは(ダリも)全く異なるコンテクストでこの「晩鐘」にある関係を表現しようとしていた。この関係が何に由来するのかの探究がコールハースの初期の仕事にあったことに気づく。そのことを感じさせるエルクロッキーからのコールハースの引用が「驚異の構築」にあった。「とりわけ感銘を受けたのはその「偏執狂的」な方法である。私の考えではこれは今世紀の天才的な発明の一つである、合理的でありながら客観性を装うことなく、分析がそのまま創造になる方法なのである。(p20)」。このところ気になっているOOO(オブジェクト・オリエンティッド・オントロジー)的な思考がそのように考えさせるのだろうか。

1月10日(火)
あらゆる構成要素が他のものにたいして同等でなければならない建築としてカーンをあたる。そこでは、町や都市といったより広い視点から、個々が持つべき要素や性質を建築にしようとする試みによって、空間が併置されている。環境のもとに建築はひとつの要素である。明確なかたちでは内外ふたつに分かれてしまうのだが、それが小さくばらけると不思議に周囲に馴染んだように見える。

1月9日(月)
文化大革命の現実に迫るNHKの特集を観る。隣国のことではあるが、情報統制がされ、子どもであったためぼくには疎かった。毛沢東の巧みな若者扇動にはじまる革命とその収拾失敗による中国全土の大混乱と理解していたが、やはり実情はもっと複雑であった。その実行者は紅衛兵と考えられていたが、それも一枚岩でなかったらしい。とくに後期は、プロレタリアに対してでなく、紅衛兵内部のポジション争いによる闘争であったようだ。早い時期に紅衛兵の暴走をコントロールするために軍の出動が必要であったが、革命を市民革命とするために軍部と一部の紅衛兵(造反派)を結託させた。これがさらなる反発と混乱を招いた。「全員が被害者であり、加害者であった」という当時者の言葉が印象的である。善が善の内側によって否定されるとき、自己矛盾が自虐的なとてつもないことを引き起こしてしまう。

1月8日(日)
六本木の「宇宙と芸術展」へ行く。宇宙をテーマにした古今東西の作品が紹介される。それは、マンダラ、ダヴィンチ、ガリレオ、竹取物語からトムサックス、チームラボに至る。写真を自由に撮ることができ、SNSからの発信が期待されているようだ。こうした設定テーマを中心にした展示が増えてきている。作品のバリエーションが、ひとりひとりの感情移入を可能にする。これから美術館は運営能力が試されていくことになるのだろう。夕方、錦織のブリスベーンでの決勝戦を観る。第2セットは、これまでにない風格を思わせる勝ち方であったのだが、体の変調から最終セットではギアを上げることができなかったようだ。このセットをあっさりと失う。少し残念であった。夜にサッカー特集を観る。小林悠がなかなかの面白い人物であることを知る。名波が埋もれている彼を引き抜いたようだ。現在はオランダで活躍し、粗削りではあるが、同時代のプレヤーにないギラギラしたものをもっている。清武、大迫、原口はこれまで香川、本田らの後ろにいたのだが、彼らが自信をもったことがチームを新しく引っ張っていることを頼もしく思う。

1月7日(土)
「有限性の後で」を再読する。その中でハイデガーの「生起」が度々触れられていることに気づく。アレグサンダーもそれを多用する。この場合の生起とは、人間とモノ(存在)との相互帰属関係、結合をいっている。人間もモノも独立していないのである。本書によるとこの世界観はカント以降普遍であるという。けれどもアレグサンダーによると、近代建築の世界では少なくともそうではなかった。建築を人間から独立させてしまったという。そうした立場に立って一般にアレグサンダーは、カント以降を否定し、前カント的な実体を思考すると考えられている。すくなくともぼくにとってはそうであった。しかしその生起を基本にした一連のセンタリングや幾何学的性質などは、じつはカント以降の相関主義のものであった訳である。このことに気づく。これはぼくにとって大きな発見であった。

1月6日(金)
難波事務所にてコンペの打ち合わせ、縦ログの実験方針の検討。縦ログ柱脚のディテールの検討。縦ログユニットに最大限の横力負担させるためのクリティカルな問題は柱脚の固定方法にある。6パタンの実験結果の報告を受ける。どれも期待される耐力に至っていないので、その改良方法についてアイデアを出しあった。その中で従来の普及型を応用する案に収斂する。その再実験を今月末に行う。その後新年会。今年度のトウキョウコレクションのテーマを「言葉にかわる建築」であることを聞く。難波さんが審査委員長だそうだ。メイヤスーの「有限性の後で」を思い出した。このときの有限性とは、世界が、対象と主体との関係にしかないことをいっている。すなわち、対象自体もあり得ないし、主体自体だけの世界もないのだ。言葉が全てと言うことをよく聞くが、これは、言葉が対象と主体の中間に属するこの有限なるものの代表と考えられるものである。しかし一方で、言葉で表現をしない外部が現前に存在する。この本ではこのことを説明をしようとしている。トウキョウコレクションのテーマ「言葉にかわる建築」は、言葉と同様に建築の有限性をいうもの、あるいは言葉の有限性を超えるものとして建築をいうもの、この異なるふたつの様相が示されるだろうと思う。後者に夢があるが、これを言うのはなかなか実は難しい。

1月4日(水)
南房総館山へ行く。東京と比べるとかなり暖かいのでびっくりする。夜のニュースで、ネアンデルタール人に食人行為があったことを知る。ネアンデルタール人はホモ・サピエンス以前に存在し、旧人ではないが、一部遺伝子をぼくらに残しているという。ヨーロッパで多く発見され、ホモ・サピエンスがアフリカ出後の6万年前に混血した。脳の大きさはホモ・サピエンスより大きかった。ただし、骨格の状況から言葉が操れなかったことをNHKの特集で観たことを思い出す。火を扱うが、それが特定の場所ではなかったので、住居を持っていなかったと言われている。

1月3日(火)
NHKで弥生時代から飛鳥時代までの歴史特集を観る。弥生時代に、冨を求めて殺戮・戦争が、青谷上寺地遺跡(鳥取)をはじめ各地であったことを知る。この時使用された土器の特定から、どこの地方からの攻撃であるかが判るという。この時期、日本は気候的に大変動期にあり、収穫の格差がそれを助長させた。そしてこの時期の権力の象徴が前方後円墳である。周りを堀で囲まれ、内外が明確である。弥生のムラも同様である。内外を曖昧にする文化は実はずっとこの後のことであるらしい。というか、大陸文化がこの時期優勢であった。卑弥呼は、こうした権力をまとめる権威の象徴であるという。激化する争いを解決するための人間主義的な思考産物という訳である。クニを代表とする集団意識がイメージ化されたのである。この後、文字が輸入され、仏教も伝来してきた。イメージの次は、実利を操ることで国が形成されていった。蘇我氏のみが、渡来人の知識を受け入れ、建築技術、算術、読み書きというリテラルな技術を独占していたという。前方後円墳の後は方墳になるのだが、そのチェンジを同様な論理で語っていた。しかし方墳よりも法隆寺や飛鳥寺の建築の方が、よほどシンボル性が高かったに違いない。仏教はぼくらの認識と異なり当時は、ヒエラルキーを定める合理的なものと考えられていた。時の権力者が仏教を利用するのはもっともなことである。仏教はキリスト教等に比べて相対的に自然志向なだけである。

1月2日(月)
妻の実家に正月挨拶に行く。前の西福寺を訪れその後夕食。より遅く帰宅。
002プレミア レスター×ウェストハム
1-0でレスターが勝利。昨季と同様の、速攻で得点しその後守り切るという勝ち方が漸くできた。前半は、右のオルブライトンがよかった。フリーでボールを受けて、的確なセンタリングをあげていた。得点はそれをスリマニが頭で決めた。後半レスターはゲームをコントロールされたが、岡崎、ウジョアのフレッシュな選手を投入して、前線からのプレッシングで逆にゲームをコントロールする。岡崎も2本シュートを放つ。決めたかった。レスターの試合があまり放送されない。調べると、どうやらテレビ放送からネット配信へ世の中は変わりつつあることがわかる。

1月1日(日)
朝遅く起き、プレミアの録画を観る。お雑煮を戴き、テレビを付けると放送していた「バック・トゥー・ザ・フューチャー」をたまたま観る。1985年の作品である。そこに描かれる20年後の現在と比べると、進んでいるものそうでないもの多々である。とはいえ、ジェットコースタームービーは色あせていない。子どもも喜んでいた。一昨年、「デロリアン」がオークションにかかったことも思い出した。その後近くの氷川神社に初詣。実家で夕食。TVでムジークフェラインでのニューイヤーコンサートを観る。
001プレミア リヴァプール×マンC
今年最初の試合をプレミアから観る。クロップとベップとの闘いとマスコミは騒ぐが、ゲーム内容はそれ程彼らのキャラクターが出たものではない。それだけプレミアはチーム力が拮抗しているからだろう。彼らでも思うように展開させることができない。特にベップは、サイド奥のスペースをスターリングに使わせる戦術が中心で、それはオーソドックスである。クロップもそれ程のゲーゲンプレッシングをしない。どちらかという長めのワンツーでの崩しを目指していた。リスクを考慮したものだろう。結果は1-0でリヴァプールの勝利。久しぶりに日本人以外の試合を観たが、十分に楽しんだ。プレミアに本田はこないだろうか?