9月19日(火)
午後、中埜さんの事務所に行き、「Battle」翻訳の相談。翻訳の出版社がはっきりしなく、時間がかかりそうなので、翻訳、ワークショッププロジェクト、アレクサンダー解説本の3つを同時進行させることとする。それぞれが、建築家向け、ユーザ向け、他分野専門家向けで、手間のかかる翻訳の労力を無駄にしないように、いくつかの選択しを用意することにする。JIAマガジンに掲載の今村さんと難波さんの対談を読む。昨年出版された「メタル建築史—もうひとつの近代建築史」に関するインタビュー記事である。メタルが近代建築に根付いていく過程は、いまでは当たり前になってきたのだが、難波さんがそのような結論に至るまでの過程がこのインタビュー前半に示されている。これによって、この視点が難波さんの功績であることが明確に記された。このインタビューの大きな功績だと思う。またぼくにとっての新しい知識を、難波さんから引き出しているのも、今村さんの博識がなされる技だと思う。インタビュー全体を通じて、美学と規則を廻る建築家の立ち位置がテーマとされていた。美学を自由、規則を大衆社会からの平等要請と読み替えると、これは自由と平等という近代思想のテーマと重なる。メタルは、コンクリートと比べてこれらの問題をクリアにしなければならない素材であったため、近代思想を体現するものとなったのである。ただし、難波さんのあまりの美学拒否によって、美学/社会に、対立軸があるかのような誤解を招いてしまうのではないかという危惧をする。

9月18日(月)
AO試験2日目の面接。例年同様、素材を与えて自由につくらせる試験だが、近年、作品の制作意図をクリアに説明することを求めている。するとひとつの傾向が生まれる。作品を擬人化し、自分の置かれている状況を表現しようとする作品が多くなることである。ストーリーを重視しているのはよいが、そこに素材との関連、格闘がない。ようするに話だけで終わっていて、モノにまで至っていないのだ。建築学科のAO試験であることをわすれてはいけない。他の学科と異なり、建築はモノとの関わりを重要視するので、そこへの言及が必要となるのだ。一般には、制作は創造性に基づいて、論理性とは別物であると、暗黙に理解されているのかもしれない。これに倫理を加えた美学と工学との3つともえが建築を面白くするのだが、大学ですらそうした考えに至っていない。
068 ブンデス ケルン×ドルトムント
ケルンは開幕から大失点中の5連敗と聞く。そうした中この試合でもドルトムントが5-0で圧勝する。ドルトは現在、シャヒンのチームになりつつあり、彼が位置する中盤底からの展開が多い。ケルンはそこにプレッシングをかけずに、何度も最終ラインの裏を突かれる。今日は、シャヒンに加えて、カストロ、ダフードも同様の働きをする。後半からヴァイグルも怪我から復帰。大迫にそのケアを託されるが、これだけタレントが動き回るとそれも難しい。最終的にゲーム展開を失ってしまった。香川は不出場。今週水曜日の次戦のために保存か、ボス監督はローテションを重視している。

9月17日(日)
AO試験のため大学行き。試験は新しい校舎で行われた。志願者が多く狭き門となり、皆の緊張感が伝わってくる。今年もこの季節となった。合間の休憩時間に石原さんから、教科書原稿のアドバイスを頂く。もう少し帰納的であるほうが判りやすいのではないかというものであった。おそらく考えるに、客観的な事実とぼくの考えとの境目を明確にすることが、判りやすさにつながるというアドバイスであったと思う。それにたいして上手く応えられなかったが、その明瞭さによって、幼い学生が、設計の一回性を切り捨ててしまう危惧を怖れての文章構成であった。例えば、ルーティングされずにかたちを考えることを毎回の大事なこととして示したいと考えた。夕食を代々木上原で、家族皆でとる。ママの誕生日。
067 プレミア ハターズ・フィールド×レスター
レスターはヴァーディの相方を模索中。今日は、マンCから移籍のイヘアナチョを起用。前回は、スリマリであった。後半から岡崎登場。ひいき目で見ても、岡崎投入後チームは連動する。前からのプレッシングが上手く働くようになる。したがって岡崎がフィニッシュまでの走力が持続できるかが証明されれば、岡崎がファーストチョイスとなるだろう。1-1の引き分け。

9月16日(土)
「哲学の起源」を読み終える。大切と思われることがいくつか見えてきた。ひとつめは、ホロンのような部分と全体の関係、それは生物における細胞の機能性を考えることと同等であるが、これが既にイオニア時代にイソノミア(無支配)として自然哲学として存在していたこと。このとき、ぼくらは全体と部分の関係として見がちであるが、実は部分間の問題として考えることが妥当であること。次に、このようなイソノミア(無支配)を、イオニア以降のアテネの賢人たちは試みたが実行不可能であったこと。である。そうした中で、イオニアの回復に固執したアテネ人がいた。ソクラテスである。ソクラテスは、そのためにデモクラシー(大衆支配)によって死刑になったこととして有名である。それは、無支配を徹底させ、どこにも帰属しない自由人を目指したことが異端児扱いされたからであった。ぼくは高校時代に倫理の授業で「最後の弁明」を読んだ。このとき、理想と現実のギャップを超えられなかったソクラテスにたいして憤慨した記憶がある。その時は、その解答をもちろん見出すことができなかったが、その当時期待していたであろう答えが、本書のプラトンの中に見つけることができた。そのプラトンは、無支配は現実的でないと判断し、全てに超越する哲人王による統治を持ち出し、その下での大衆支配を考えたのである。しかし問題はこれによって、目的性が支配する世界に至り、その後そこから抜け出すことが不可能になってしまったというのが、本書の結論である。そしてこの目的性を排除するためにソクラテスが繰り返したのが、問答というものであった。問答とは、結論を期待することのない制作である。別なところではp199、問答を産婆術ともいっている。ところでアレグサンダーも、無支配なイソノミア世界を理想とする。これは確実である。そしてアレグサンダーは、現実的解決方法論として15の幾何学的特性などの仮象を想定するに至っている。この本によれば、それはピタゴラスが万物の始原(アルケー)として数学と考えることと重なる。数学によって、例えば音楽、天文学を説明しようとしたように、15の幾何学的性質で生き生きとした建築を目指した。しかしこれによって、感性的世界と超感性的世界という二重世界が生じ、(アレグサンダーのシステムAとB!)真理と現実の2分によって、真理探究のための必要性(=目的性)が生まれてしまったという。自由であるが平等ではなくなり、無支配なる世界が崩壊してしまった。アレグサンダーの思想の限界を端的に表現したものでないだかと思い愕然とする。しかし前向きに捉えると、アレグサンダーの最新本「Battle」で語られているのは、パタンランゲージにおけるユーザとの問答、かたちにおける土地との問答というものである。この問題についてもう少し考えて見ることにする。

9月15日(金)
「哲学の起源」にスピノザが登場するp102。「擬人化された神を否定するが、「唯一なる神」を肯定する。ゆえに、自然哲学者は神々を斥けたとき、ある種の神を考えていたということである」 その後に、本書は制作と生成の説明が続く。生成とは目的論を斥けるものとしてある。イオニアの次にイソノミア思想を受け継いだのはスピノザであるという。深夜BS映画「奇蹟の丘」パゾリーに監督を観る。マタイの福音書にもとづきキリストの生涯を描いた映画であった。大袈裟なシーンがなく、淡々と描くものであった。キリストも慈悲に溢れているわけでなく、どこかせわしく神経質で攻撃的であるのが印象的。それは教会内部の空間性と通じるものである。それにたいして弟子たちは少し頼りない。1964年のイタリア作品であり、南イタリアの山岳都市が舞台になっているが、正確には分からない。

9月14日(木)
「哲学の起源」を読む。イオニア思想が示される。自然哲学であり、物質が自己運動すると考える。神々の存在を否定し、そこにある目的性を考慮しない。何のための制作でなく、生成を重視する。事後的説明を拒否するものである。ここまで読み、アレグサンダーの目指す世界と重なって見える。アレグサンダーはその後、15の幾何学とか、センタリングに向かうが、これとイオニアを受けたアテネの哲学者たちが行ったことも重なってくる。その後本書の結論がどう展開するか楽しみとなる。ところでカントの「物自体、現象、仮象」についての判りやすい解釈があるので引用する。「カントは物が外的に存在することを肯定する唯物論者である。ただ、われわれが認識するのは物自体でなく、主観的な構成にもとづく現象であるというのである。この場合現象とは事実上、科学的認識を意味する。ゆえに現象は仮象ではない。現象が感性的直感にもとづくのに対して、仮象はそれにもとづかないからだ。さらに仮象に中には、もっぱら理性によって形成されるものがある。つまり、超越論的仮象である。カントが「純粋理性判断」で批判したのは、そのような仮象である」P155。「旧来の哲学が、感覚にもとづく仮象を理性によって批判することを課題にしてきたのに対して、カントは、理性そのものが生み出した仮象を批判しようとした」P154。
066 CL トットナム×ドルトムント
ドルトムントは、前半のポゼッション率が7割近くあるものの、速攻を2つ決められてしまう。DFが完全にソンとケインの2FWのパワーに振り切られてしまった。一方トットナムは、ドルトの早いボール回しについて行けずにラインを後退させてしまった。その空いたライン間を香川が使い、香川は、アシストを含む3つの決定機をつくり出していた。代表での攻撃パタンである。このときのゴールを決められなかった差が勝敗を左右した。後半にトットナムは守備を修正し、両者とも拮抗状態となる。スペースを与えられない香川は70分で交替させられる。一方、トットナムはケリーが再び決める。3人を投げ倒してのゴールであった。この差が出たのだが、きついことをいえば、ボス監督の修正力のなさを感じないこともない。前戦のフライブルクとの戦いでは、ドリブラーの欠如が問題となったが、これをケアする次の手が必要とされるが、それがなかった。レアルが勝ち、このグループでの戦いが難しいことを示す。

9月13日(水)
「哲学の起源」柄谷行人著の再読をはじめる。自由であるが平等であるためには、ひとりひとりが自由に自立状態にあることが前提とされる。それがイオニアにはあったという。なぜなら、彼らは土地に縛られる農夫でなく、商工業を主にしていたからである。ひとりひとりが自由意志で全体に帰属していた。生物の細胞組織をここでも思い浮かべることができるが、その向こうにアレグサンダーのセンタリングを思い出す。NHK特集で「異常気象・スーパー台風予測不能の恐怖」を観る。天気予報は、地表面と上空数キロを500mグリッドで切り、立体解析をすることを知る。近頃予報が外れるのは、海面上空は、この方法での詳細な解析が不可能であるからという。想定より5%多い水蒸気が実際に含まれていた。この5%が不連続な巨大積乱雲を生んでいる。つまり、情報量が増えて真実に近づく訳でなく、益々不確定な現実が明らかになるだけである。まさにハイゼンベルグの不確定性原理内にいる。
065 CL バルセロナ×ユヴェントス
どちらのチームも、開幕前の主力選手の移籍により問題を抱えていたが、いざ開幕すると失点することのない絶好のスタートを切った。そうした層の厚さを感じさせる決勝戦のような効果カードが早くも訪れる。ゲーム開始時のユーベのポゼッションも、徐々に失われる。メッシの中央からの得点により、守備陣形が小さくなってしまったことが大きな理由と思われるが、3-0のバルサの完勝。

9月12日(火)
深夜NHKで、都市直下地震の特集を観る。長周期パルス地震というものが熊本地震で明らかになった。地表面が割れることにより直後に発生する3秒周期の地震波であり、東日本大震災で起きた震源から離れた地点で起きる長周期地震波と異なる。直後にかつ、次第に揺れが大きくなるのではなく、いきなり最大となるものである。高層ビルにたいする影響が大きく、この対策は現在なされていないということであった。研究者は、問題を兎も角も明らかにすることの重要性を3.11から学んだという。この特集は、こうした方針のもと制作された。しかし出演した研究者たちにはこの問題を解く力があるものの、価値判断を持ち合わせていない。このことが気になる。超高層ビルが安全であることに越したことがないのだが、地震後停電はするだろうし、都市防災からの総合的見地から高層ビルの存在是非を考えるべきだと思う。与えられた問題を解くことに集中してしまった技術者のマイナス面が出てしまった。街区全面をフローティングする技術でこれへの対応が現実的だそうであるが、より問題を複雑にするだけの迷宮のような気がしてならない。

9月11日(月)
研究室の旅行中も続けて読んでいた「「世界史の構造」を読む」の再読を終える。第2部の討論を通して、交換様式Dというものをリアルに感ずることができた。アソシエーションあるいは、イオニアのイソノミアに相当するものであるが、それは、近頃読むホラクラシーというものである。一般に自由と平等は相克するものである。自由は勝ち組と負け組をつくり、平等は自由を束縛する。それがなくなったものをいう。すなわち「自由であるが平等である」ということで、生物の組織細胞のように、あらゆるスケールで機能する相互依存のことである。細部に優劣はなく、それぞれが機能している。これを柄谷は高次元の互酬性の後に獲得できるものといっている。フロイトを持ち出していうこの抑圧からの回復というのは、生物における恒常性のことである。自然の狡知というのも、このことをいう。世界を生産でなく交換から見るというのは、エネルギーの受け渡しのことをいっているのである。

9月10日(日)
足利出流原町に行き、美味しい食事と温泉でゆっくりする。山の急斜面に弁天神社があり、眺めがよい。出発が遅かったため、館林美術館へ到着できずに挫折。はじめて羽生PAで食事をする。アミューズメントパーク化したPAであるが、食事は美味しかった。

9月9日(土)
今日は、磯崎新のセラミックパークMINOと藤森照信のタイルミュージアムを訪問するつもりであったが、所用で帰京する。残念である。色々なことがあるものだ。新幹線で3日分の日記をまとめる。
064 ブンデス フライブルク×ドルトムント
インターナショナルウィーク明けの試合で、怪我から100%でない香川は不出場。同様のコンディションから、バルトラ、今日から復帰したシュメルツァーが早々に退く。試合開始時の見事な展開は、相手が10人となり、引いて守られると、その勢いが潜まる。ポゼッションが90%はあったのでないだろうか?得点できずに0-0の引き分け。勝ち点2を落とす。こういうときに、デンベレ、モルらの存在が大きかったことを感じる。彼らは、チーム方針にあわずに8月末に他チームに移ってしまった。今週からCLが始まる。

9月8日(金)
今日は秋晴れである。味噌汁と朴葉味噌の朝食をすませ、車で30分くらいの公民館へ。立派なコンクリート造の小学校をリノベーションした建物であった。雪国とあって、中央に大きな遊び場がある。教室が会議室にリノベされ、校庭越の山並みは、昔を懐かしむ映画の1シーンのようである。2時間をかけての2回目のゼミ。塙くんは、動く建築をテーマとする。ただし、実際に動くことがテーマではないようだ。かつてミースがライトを参考にして「煉瓦住宅」を、コルビジュエがスロープを多用して人の動きの表現を目指した。これらは内部にかんするものであり、塙くんは、それを外部で行うものと思う。ウォーキングシティが該当するが、これは動くことを通して都市を批判していた。岡部くんのテーマは、どこまでも効率化する空間にたいする批判的な場の提案である。ただし、この白川郷にみられるように、今や人間味のある旧来の場さえも商品化されていっている現状に意識的でなければならない。懐かしさに捉えられてしまっては、消費の世界に知らず知らずの内に取り込まれていくだけである。小池くんは、バラバラになった街を過去の痕跡の表象の力を借りて帰属意識を回復させようとするもの。かつてトマソンを発見するように街を観察することがメインテーマである。モノと意識の区別が意識的であることが面白い。ただし、住民がこの意識を永続的に持ち続けるための建築の方法が何かが難しい。中山くんは、デザインの手続きの徹底した形式化を目指している。その目的はよく判らないが、デザイン方法の一般化にその目的はなさそうだ。むしろ、主体性の純化を目指しているようでもある。クレメント・グリンバーグの芸術の純化、マレーヴィチ評を思い出す。しかし、最後マレーヴィチは死んでしまった。2時間のゼミを終える。再び白川郷にもどる。民家レストランで食事をすませ、集落を見下ろす城跡へ。こういう風景が見えるのが世界遺産となる由縁である。大きくカーブする街道筋が、山並みを通り抜け、大きな急茅葺き民家が田んぼの中に点在するのが特徴であった。その後自動車で、郡上八幡エリアに行く。郡上八幡城下町として発展し、現在も賑やかである。象設計集団の小道整備などの試みが実っている。その後、多治見のホテルにチェックイン。3回目のゼミを行う。桜井さんは、吉阪隆正の研究。吉阪建築をスキのあると仮定する追究研究。そのために多量の模型をつくるという。最終的にそのスキを的確に言い当てることを望む。島田くんは、表層的であったので、ひとつのテーマに集中することを薦める。デザインスゴロクにあるように、出発点はなんでもよいので、サイコロを回しながら深めることが大切である。河野さんは、設計者でなくユーザ目線からデザインしていることに好感をもつ。幸福に対する考えの開きが両者にある。考えようによっては、場というような名前のある空間に安住することのない空間の発見があるかもしれない。このことに期待する。滝本さんは、サウンドスケープをテーマとする。ワークショップで音を身近なものにするために、ジョン・ケージは100個のパタンを挙げたそうである。これに沿って実験的な音の場をつくることを目的とする。音のメリハリのある敷地選びが重要そうである。平野くんは人口密度に注目するもの。人の距離感について簡単に言いそうなところを、統計上の人口密度と建物における人口密度の違いから明らかにしようとしていることに興味をもつ。そこには尺度となるスケールというものが存在している。山口くんは、手賀沼と印旛沼の水質浄化を建築によって試みるもの。環境の亀田研究室と連絡を取りながら印旛沼の現状を把握していることに感心する。その後場所を駅前の居酒屋に移動して打ち上げ。途中多治見駅前の水を利用したオンサイトの駅前広場をみる。コンサートが行われていて、照明計画がよい。明るさが均質でなく、周囲からは生演奏が聞こえてくるが食事をしているプライバシーが保たれている。少し低いところに水辺空間があり、涼しい風が吹き、多少気温が下がっていることを経験する。感心する。ホテルでNHKBS「蘇る金狼」村川透監督。松田優作主演を観る。全編暗めで、ダーティハリーシリーズを彷彿させる。現在の映画は、CGによりディテール密度とアクションが格段に向上している。それをカバーしている。おちょくった態度とハードボイルドな2面を持ち合わせるスタイルは死ぬまで貫徹した松田優作のスタイルであった。

9月7日(木)
朝一番で朝食レストランにいくがいっぱいであった。今日は医学学会があるらしいことが判る。伊東豊雄さんの瞑想の森へ行く。写真で観るより大きかったというが、そうした印象はない。そうした話をきいていたからであろうか。背後に森を背負い、横に蓮の池を置く、なだらかな傾斜地にある。それに白の波打つ屋根は馴染む。通常はガラスファサードが目立つものであるが、そうでないのは、屋根のデザインによる。中央に葬式場と焼場の箱があり、その周りがエントランス、待合などとなる。箱に対して波打つ屋根のボリュームが少し窮屈な感じもする。内部では波打つ屋根が空間的には効いていない。この屋根は、シェルとして効かせるために、少し勾配が急である。その後、安藤忠雄の岐阜国際会議場へ。外部巨大階段や通路が縫うようにあり、いくつかのホール、会議場全体を覆う。一方が長良川、他方がアクセス路である。いつもの安藤建築をさらに強引に構成したものだ。内部は圧巻である。市民ギャラリは5層吹き抜けで、上部に4本のシリンダートップライトもつ。屋上階段から再び内部にアプローチできるようになっているのだが、現状はロックされていたのは残念であった。そのシリンダーの下は、正円のスロープが廻り、ギャラリを見下ろすことができる。今日は学会のポスターセッションが開催されていた。次に、岐阜市民会館へ。坂倉準三の1967年の作品である。外側を一層分高さのある3次元コンクリートPCで囲み、その内に小さなタイルで覆われたどちらかというとバナキュラーな真円の音楽ホールがある。図式的平面である。外側のPCはその後中型ビルのファサードの見本となった。西新宿で多く見かけるのは、当時のその影響の大きさである。内部は小さな会議室が並び、中央のホールの外壁が見える。ホールと会議室の間のエントランスホールなどはスペーストラスがかかる半外部空間である。ホールは1600人収容。円形とは言え、小さいながらも両袖をもつ舞台と対面するので、それ程一体感はない。システムを一貫させ、残余を有機的デザインを持ち込むファサードや平面構成に、潔さと心地よさを感じる。が、緊張感に物足りなさも感じる。そこの会議室を借りて、1時間のゼミ。卒業設計の中間発表である。途中にゼミを挟むのは面白い試みである。赤塚くんのコンセプトは、敷地コンテクストに左右されない建築の自律性について。コンテクストが強いほど、それを批判的にみることで自律性が高まると思うので、敷地の再考を促す。思わず、ロンシャンの敷地歴史コンテクストを思い出した。山田くんは、コンテクストを赤塚くんとは反対側からみる。宇宙建築を目指し、コンテクストに囚われない普遍性のある方法を模索している。ぼくが思い出すのは、松村先生が著書で引用していたバイオテクノロジーを発展させた接着方法ガンツ構法とミウラ織りである。そういったものに匹敵する案がつくれるだろうか?楽しみにする。その後、岐阜メディアコスモス伊東豊雄設計へ。横長のどっしりした印象である。入り口が素っ気なく、その分エスカレータを上がったときの2階のダイナミックさを助長する。グローブによる光りのグラディエーションが印象的。光りと影の濃淡がある建築を経験したことがあるが、グラディエーションとなっているのは初めての経験である。グローブはそう低い位置まで下ろされていないが、くぐって入るという印象をもつ。それだけ空間に変化があるのだ。しかし空気の温度差までは達していない。今後のテーマであると感じる。1階のカフェで昼食。スターバックスであるためか、ちょっとあっさり目のインテリアである。1階を廻る。中央にガラス張りの閉架書庫と左に小さめのギャラリがある。信長展を催していた。向かって右がカフェとコンビニ、奥が相談コーナーとかキッズ向けのスペースである。もう一度、2階を廻る。屋根は緩やかでよいのだが、構造的に効いていないという佐々木さんの話を思い出す。そこで、今まで気になっていなかった細い柱の位置を確認する。構造と空間印象の関係はなかなか難しい。その後、時間をかけて荒川修作の養老天命反転地へ。メディアコスモスと対極的である。激しいデザインで、これでもかというほどに身体に語りかけてくる建築である。建築というかランドスケープである。万里の長城を思い出す。尾根に沿って歩き進む。コンクリートや鉄板の荒さが気になるのは、建築家だろうか?アイデアをモノにするときの施工限界が目についてしまう。小雨の中、ともかく全部を体験する。その後、高速で飛騨高山白河郷へ。霧と雨が激しくなり、前の見通しが効かない中、2.5時間で到着。トンネルが多く、日本の隅々まで高速が行き渡っていることを感じる。世界遺産高山は、秘境であるが、この高速によってまた秘境となったのである。6時だというのに、雨と暗さで周囲が見えないまま宿にチェックイン。平入りである。これまでみてきた民家よりかなり大きく、屋根は南北方向急勾配の茅葺きである。小屋組が見えるわけでなく、1階は中廊下式で南北に和室が続く。玄関左がトイレと風呂、もともとは土間であったろうか?正面が囲炉裏のある空間である。そこで、早速夕食をとる。タイムスケジュールは厳格のようである。山菜に飛騨牛、ヤマメなどご馳走であった。10時に必ず消灯というので、急いで近くの公衆温泉に行く。これは流石に擬白川郷つくりであった。

9月6日(水)
事務所で田口さんへ送付する詳細を打ち合わせた後に、新幹線で岐阜羽島へ。閉店ぎりぎりでレンタカーを借りてホテルにチェックイン。ホテルのレストランも終わっていて、コンビニで済ます。窓から、長良川越しに岐阜城が見える。傾斜のきつい山(金華山)の上に建っている。信長がかねてから齋藤道三から欲していた城と聞く。天空の城のようだ。

9月5日(火)
教科書の原稿整理。結論とそれに関する歴史事実、個人的関心などをスムーズにすることに努める。自分の中にはつながりがあることを意識することであるが、なかなか難しい。
063 W杯予選 ウズベキスタン×韓国
韓国もこの予選の戦い方に苦労しているようだ。前半は守備を重視して相手の出方を見る。後半から、サイドを支配しポゼッションをあげ、完全にゲームをコントロールする。得点こそならなかったが、組織立っていてそう悪くはないと思った。おそらく決定力を問題にしていたのだろう。0-0の引き分けで、同時刻のシリアがイランと引き分けたために、韓国のロシア行きが決定する。それにしても、引き分けで十分なはずなのに、後半リスクを犯してまでも急いで攻めまくっていた。情報が入っていなかったのだろう。精神的な緩みから招く失敗を心配する采配だと思うのだが、こうした精神コントロールができないと大舞台でのゲームコントロールは不可能だろうと思う。これは日本についてもいえる。

9月3日(日)
先日締め切りの原稿を済ませてからプールに行き、その後古市先生の事務所に行く。近況を伺うなかで、GAシリーズを頂く。本の出版に力を入れているそうだ。

9月2日(土)
鎌倉の近代美術館で行われている大高正人展へ行く。これといって発見はなかったが、前川國男の下での神奈川音楽堂や上野の東京文化会館の設計はやはり密度がある。その中で大きな住宅が気になる。東京文化開館以来一緒に仕事をした向井良吉の自宅兼アトリエである。傾斜屋根が大地と連続するものであった。三春には、大胆なたくさんの作品があるが、設計密度という点において欠けるとも思う。教科書の原稿を集中的に行う。できるだけ俯瞰するような書き方にすることに今回は努める。判りやすく広くという意味で、入り込むことを避けるということである。夜、娘の誕生を祝うため食事に出かける。

9月1日(金)
大学院入試の面接試験。その後、研究室でM2生との研究の打ち合わせ。事務所に戻り、先日の構造打ち合わせ後の検討。夜NHKBSで「シンプル・プラン」サム・ライミ監督を観る。田舎町に住んでいた幸せな若者が、偶然見つけてしまった大金に目がくらんでしまったことから、犯罪に手を染めていってしまう。彼らの負のルーチングを描いたサスペンス映画。監督は、B級カルト映画を手がけてきた人とあって、突発的なシーン展開が多い。

8月31日(木)
062 W杯予選 日本×オーストラリア
2-0で、フランスW杯以来連続のロシア行きを決める。1点目の長友のセンタリングと浅野の飛び出し、2点目の井手口の遠目からのシュート、ともにワールドクラスの得点であった。長谷部の復帰が相当心強かったのか、ハリルはこの大一番で大賭けにでた。新しいフォーメーション4-1-4-1とブラジル五輪世代の採用である。長谷部を中盤底に置き、その前にパワフルでボール奪取できる山口と井手口を置いた。このふたりで、長谷部の指示のもとセカンド的な最終守備ラインを形成させた。そうすることでSBの長友、酒井は守備に時間を割くことができた。そして攻撃は、このふたりがボール奪取してからの速攻賭ける。両ウィングには、浅野、乾という速い選手を置いた。はじめフィットしなかった右の浅野も徐々に慣れ、得点前には2度シュートを放つようになっていた。世代交代が進んでいることを僅かながらに感じる。本田、香川らはもちろん今でもワールドクラスであるが、それはコンディションが100%のときである。ハリルは香川が100%の時を実は知らない。彼らは70%でもそこそこの働きをするが、それではブラジルW杯で判ったように、世界では太刀打ちできないのである。それならば、伸びしろが未知数な若手を使うと考えたのだろう。彼らは、がむしゃらにボールを追い(乾は前半軽い守備でピンチをつくってしまったが、それがいい薬になった)、70%の香川、本田よりも上だった。今後、この4-1-4-1の堅守速攻を基本とするだろう。このとき、香川と本田がどういう役割を果たすか見てみたい。ドルトムントで香川は、浅野、乾よりさらに速い両ウイングと経験を積むことができている。

8月30日(水)
大阪から、構造の田口雅一氏来所。芳賀沼さんを交えて構造の打ち合わせ。ディテールの検討。縦ログパネルの柱脚金物についての新しい提案をもらう。直接縦ログ構法一般に結びつくかどうかは次の問題であるが、それは、改築のときのように、既存の基礎を利用する場合に確実となるジョイントである。同様に、既存小屋組と縦ログパネルとのジョイントにも提案をもらう。ぼくらはいつもシステムの一貫性を求めるものであるが、技術的観点からそれが難しいと判断された場合、むしろ一貫性の不可能性を強調するような方向に進むことが多い。田口さんとは初めてのプロジェクトであるが、今回もそのパタンとなり、プロジェクトが動く。不思議である。それがたぶん特殊性を誘導していくことだと思うのであるが、それは佐々木さんと交えての打ち合わせと異なるのである。細部に対する見方の違いではないかと思う。

8月29日(火)
061 スペインリーガ第2節 ヘタフェ×セビージャ
代表戦前の柴崎岳のプレーを観る。DAZNのおかげである。後半70分まで2トップの下がり目でプレーする。ヘタフェにチームとしてのストラテジーが見えなかったが、柴崎は前線からよくボールを奪取していた。日本でのボランチ経験がそうさせているのだろう。そこからの攻撃組み立てが有効に働いていた。柴崎のスキルが他の選手より抜きんでているのは明らかで、後は、人とたいした時にもそれを示すことで信頼を勝ち得ることだと思う。香川は、クロップの保護の下ドルトムントではそれが上手くいき、ユナイテッドでは、監督が代わることによって、信頼を勝ち取ることができなかった。柴崎はどうだろうか?

8月28日(月)
「世界史の構造」を再読するも、「ネーションと美学」ほど発火はしない。方向性を変えて、縦ログ構法の文章にかかる。「構法」を真、「デザイン」を善として、二つを分けた上で想像=美が必要となることを書くことに決める。二つは別々に語られることが多いが、一緒にするときに新しい方向が生まれることが、再三「デザインの鍵」でいわれている。それが、「ジョイント」にあったことを思い出す。
060 プレミア第3節 リヴァプール×アーセナル
4-0でリヴァプールの圧勝。アーセナルは3バックの前半が特によくなかった。リヴァプールは、3バックの間に斜めから進入し、ことごとく起点をつくる。レスター戦もそうだったが、アーセナルは連動したプレッシングに為す術がなかった。

8月27日(日)
058 プレミア第3節 マンU×レスター
レスターは過去2戦のようなゲーム展開ができなかった。岡崎以降の中盤選手が守備に追われ押し込まれ、プレッシングが連動しなかったことによる。ルカクを押さえたとはいえ、その後ろのマタ、ムヒタリアン、マーシャル、ポグマに翻弄された訳である。岡崎は60分で交替し、さらにフレッシュな選手で守りを重視するが、耐えることができずに70分に失点してしまった。予想されたゲーム展開とはいえ、ユナイテッドの岡崎、ヴァーディへのケアは万全であった。ほとんど速攻が阻まれ、セカンドボールを取られていた。
059 ブンデス第2節 ドルトムント×ヘルタ
プレッシングが有効に効き2点目までの時間をドルトムントは完勝。ただし、その後集中力がきれてゲームが絞まらなかった。後半60分過ぎからゲッツエに代わり香川登場。この雰囲気を打開するまで至らなかった。ここ2試合とも、ゲッツエとシャヒンが中盤で上手くボールを奪取し散らしているのが印象的。チーム状態が非常によく、香川を含めて控え選手が出る幕がない。

8月26日(土)
「ネーションと美学」を読み終わる。理性では容易に取り除くことができない(超越論的)仮象、それは例えばここで挙げられる「ネーション」「死への欲動」、ぼくら建築にとっては「大文字の建築」である。本書では、これにたいして意識的でいないことを美学的といい、ロマン主義者を否定する。建築の場合に、コミュニティを持ち出すことは一時しのぎのことであることをいっている。それは、ぼくら皆がその仮象の存在をどこか欲しているという現実を無視したものだからである。つまりは、経済活動その他から、ぼくらは雁字搦めの状況に実はいるのだ。これは、これまで読み込んできた池辺さんの「名前のない空間へ」をより具体的に凝縮した考えでもある。しかしこの超越論的仮象が既定になって、戦争や、技術の暴走に走ってしまわないようにするにはどうしたらいか?これが次の問題である。本書は、それに対しフロイトの抑圧論を持ち出している。ネーションを発動する同じ想像力で、人は理性で納得し続け内面化し続ける能力もまたあるというのである。それによって、敗戦国日本は現在も平和であり、戦前に犯した罪を日本人は十分に内面化しているのだ。そしてこれが日本歴史上はじめての抑圧とも読める。しかし現在、その抑圧から解放され、再び日本は雑居状況にむかっている。これは全世界的状況でもあるが、それが排除による権力の存在によるものであるという示唆で本書は終わる。

8月25日(金)
深夜NHKで「インパール作戦」の特集を観る。インパール作戦は、補給路を確保できずに進行を試みる無謀な作戦として有名であるが、その詳細を追う特集。現地司令官牟田口による一発逆転を狙った奇襲作戦の代償を示す内容であった。この司令官は、兵士の命の重要性を認識していないことで、こうした賭けに出ることができたのであるが、それは日本国自体が戦争に突入した理由と重ねるもので、あまりにもできすぎた話だと思う。ところで、インパールがインドアッサムの内陸にあることを知る。インパールと同時に日本軍が攻撃したコヒマという町は、ぼくがブータン調査のために最終空港に選んだグアハティから200Kmと離れていなかった。現在は、バングラデッシュが独立したために、アッサム地方は、インドと地続きであるとはいえほとんど飛び地である。当時から独立運動が盛んで、渡航自粛区域であった。グアハティ空港到着後の、予約していたタクシー5台をその見つけたときの安堵感を忘れることができない。これに200kgの器財をのせ、15人の学生を引率した。6時間かけて、ブータンの3つ目の出入国管理所サムドラップジョンカーという町に入り、8時間かけてブータン最東部タシガンで調査を行った。インド国の道中は、デリやムンバイといった西の都市とは違って、紅茶畑が続く長閑な風景が続いていたのをよく覚えている。ところで、こうした経験が自信になり、この前後に調査の度にインド中を見て廻った。デリ、ニューデリー、アグラ、タージマハール、ファテープル・シークリー、ムンバイ、グアハティそしてコルのチャンディガール、アーメダーバードなど。どれもタフな旅行であったことを思い出すが、こうした山中を日本軍が食料なしに進退軍したことは想像を絶する。

8月23日(水)
朝一番で朝食をとりダナン空港へ。空港に近づくにつれて道の整備が進んでいる。基本的に信号がなくサークル状の一方向環状交差点である。街中央はアジアの雰囲気を残した大都市であった。羽田行きの飛行機まで時間があるのでラウンジで読書。ハノイ経由で羽田へ。飛行機の中で「ゴースト・イン・ザ・シェル」ルバート・サンダース監督を観る。香港がロケ地と聞く。ディテールが凝るものの、脚本が今一という印象である。アニメの実写化は、脚本を含めて演技に負うことが多く、スカーレット・ヨハンソン演じるドライなキャラクター設定で、ここを突破するのは難しかった。その後「君の名は。」新海誠監督を観る。続けて観ると尚更、スピード感、密度ともにハリウッド映画より数段劣っていることは否めない。背景の建築や都市の描写も凝っているのだが、ぼくらの撮る建築写真と同じような広角度で、目新しさに欠けていた。例えば「ゴースト・・」では、とてつもなくカメラが捉える角度は広い。時間や人とのつながりを暗喩する組紐が、この映画のひとつのテーマである。ティム・インゴルドの「ラインズ」を思い出させてくれた。そうしたテーマ性と時系列を判らなくするストーリー展開が上手く働いているのが救いである。最後のシーンには大きな疑問が残る。約束された人との再会が適う訳であるが、それは俯瞰的立場にいる観客者のぼくらだから理解できるわけで、映画の臨場感をわざわざ損ねている。深夜に羽田に到着。
057 セリエA第1節 フィオレンティーナ×インテル
長友が攻守に活躍する。動きもさることながら、叫び声をあげるなど、アグレッシブさを前面に出していた。PKをよんだロングスルーパスをはじめ、随所に得点シーンに顔を出す。サイド奥深く切り込み中央へのラストセンタリングが印象的であった。3-0の完璧に近い勝利で、開幕をライバルからもぎ取る。

8月22日(火)
遅めの朝食をとり、ナマンリトリートへ移動。昨日に続きヴォ・チョン・ギアの建築である。タクシーで20分くらいのところにある。途中の海岸沿いの道のリゾートホテルは、建設ラッシュで、このホテルは、後発であるため空港から最も遠い位置にある。ゲートを潜ると、チェックアウトのためのレセプションのための小さな建物があり、正面に竹の2連アーチの大ホールがある。スパンは13.5m位で片側に幅4.5m程度の側廊をもつ連続アーチ構造である。側廊の位置が反対なのでないかと思う。チェックインは、カートで移動し、奥のレストラン棟の中のレセプションで行われる。混雑時にはこうするのだろう。竹の柱が5〜6mグリッド状に建ち、大きな切妻屋根から2つの円形の屋根が飛び出す複雑な構造である。そこにレセプション、カフェ、レストラン、ロビーなどが収容されている。大きさは1200㎡というので、30-40m角である。構造は、細い竹柱を束ねたものをさらにいくつか集めてボックス状にし、その外に円状に広がって梁となっていく竹を囲む。中央の天井高いところには、竹が一方向にアーチ状に広がるもので、グリッドの構造システムは少し異なり、空間が開けたものになっている。竹は直径4センチ程である。街でみたところ、コンクリート柱が基本的に20㎝角であるので、こうした構造も可能なのだろう。一室空間の中に区切りがない機能的な空間をいくつか配置する計画にどことなく岐阜のメディアコスモスを思い出す。空調方式は見えなかった。メインの建物の前にも円形状の屋外休憩所があり、アクセントとなる。これも竹材で、直線材のない双曲面構造ある。このメインの建物と海岸との間には、四角い青いプールがあり、プール壁のエッジを立たせて、その向こうの海岸線との境界を消す。海は東に向き、北側に竹の屋外カジュアルなレストラン、南はコンクリートのモダンなレストランである。カジュアルなレストランの構造もまた異なっている。上弦下弦ともに束材で突っぱねた張弦梁構造である。2時間このプールサイドで過ごし、部屋にチェックイン。東洋人が多いのは、経営方針だろうか、昨日のアトラスホテルと対象的である。客室は4部屋をひと組とし風車型で、高密でもプライバシィーを配慮したかたちである。中央に4部屋の入り口が向き合う。各部屋全てに小さなプールがあり、間口の広い建物である。境界壁はグリーンが絡んだ石の積層であるが、建物自体は現代的である。照明は最低限に抑えられている。ダナンにギア氏のブリックハウスがあると聞いていたが、時間の都合上断念をする。

8月21日(月)
チェックアウトを済ませ、タクシーでハノイ国内空港へ。タクシードライバーは、市内を縦横無尽に走らせるが、空港近くのハイウエーにはいると安全運転になる。途中、違反で警察に呼び止められるも、振り切ったのには驚いたが、いつものことなのだろう。国内空港は国際空港とは少し離れ、共産時代のものだろうか、3方に延びた中心性のある空港である。壁面で閉ざされた空港で、外部の影響が少なく暑くはないが、快適性がいまいちのゲートで長く待つ。1.5時間のフライトでダナン空港に着。45分のタクシー移動で世界遺産ホイアンに4時頃到着。途中国道が拡張中で、舗装されてないところもあり、古い民家が壊されはじめている。インドの地方都市を思い出させてくれた。ヴォ・チョン・ギアが昨年完成させたアトラスホテルにチェックイン。ギア事務所に勤務していた安達くんに紹介してもらった。世界遺産地区に隣接する5層の現代的な環境を意識したホテルである。煉瓦壁面全体が緑化され、中庭にプールをもつ。リーズナブルな価格でよい。部屋にも広いテラスがある。チェックインした後に、ホイアンの街に出る。江戸時代初期の朱印船貿易港として日本と馴染み深いと聞く。日本—ホイアン文化友好交流が行われていて、ひとつの目的を済ます。ホイアンの象徴は日本橋である。街の中央にあり、瓦の屋根がかかるアーチのきつい石柱で支えられた橋である。その東が日本人街、西が中国人街と言われている。ベトナム人を含めてアジア系、ヨーロッパ系の観光客が多く、ランタンが至るところにあり、これまでの経験からもっともアジアを感じさせてくれる。見学可能な由緒ある古民家は木造で、200〜300年前のものであると説明を受ける。どれも中庭があり、手前がお店、奥に行くに従い住居となる。中庭に光りが入り込むように南2階部分がセットバックし1階屋根が見えるのが気持ちよい。欄間や構造体に彫り込んだ装飾が素晴らしい。1階床は石である。商店街に沿ってこうした商家といくつかの寺がある。寺も中庭型で、左右にパブリックな大きな机と椅子がある屋根のある外部空間がある。中庭正面が祭壇であり、その左右に小さめの仏像がある。完全な左右対称の中庭型であったからだろうか?どことなく韓国アントンなどで見た韓国様式を思い出させてくれた。夜に再び市場に出ると、益々人が増えていた。常時テントが張られた小物露店市場に行く。川を見下ろすレストランに入るも、暑くて途中退席。ホテルのレストランでベトナム料理の夕食。中庭プールに連続する開口がフルオープンとなるレストランである。

8月20日(日)
早朝の便でハノイ行き。機中で「ネーションと美学」を読み、途中から「Going in Style」を観る。モーガン・フリー、マイケル・ケイン主演。将来の明るい見通しが抱けなくなった老人が銀行強盗を通して幸福をつかむ過程をコミカルに描く。昼過ぎにハノイ市内に到着。2時間の時差。空港から市内までタクシーで40分。幹線沿いの建物は間口が狭く4〜6層である。地震がないのだろう。コンクリートの柱が細く20㎝、柱梁の間にファサードを自由にはめ込む建物が多い。チェックインをし、ホアンキエム湖近くを散歩。自動車、バイクの往来が激しく、通りを横断するのに一苦労する。これが幹線道路ばかりでなく全ての通りが同じであった。非常に蒸し暑い。ホテルに戻り、夕食で春巻き、ホーなどを食べる。明日の飛行機の確認に手間がかかる。ホテル室内TVのスポーツプログラムはFOXTVによるもので、オランダリーグを放送していた。

8月19日(土)
作品選集審査のため、福島行き。芳賀沼さんと江尻さんに同席してもらい、びわのかげ投球練習場の審査。曇ったり晴れたり天候は不安定であった。途中、地元の少年にピッチングも披露してもらう。1年が経ち、メンテナンス状態がよい。芳賀沼さんのおかげだ。入り口の雪よけメッシュシートを芳賀沼さんに変えてもらっていた。2:30に、審査員の東北公益文科大学の矢野英裕氏と岩手大の三宅論氏が到着。はじめに芳賀沼さんがプロジェクト経緯を説明した後に、ぼくから縦ログ構法との連続性の説明をする。仮設住宅からの職人関わるノウハウが生かされていること、移築解体が可能なこと、構法を熟成させることである。その後で、具体的にこの与えられた敷地と条件での展開を説明する。その後、江尻さんから構造の説明。主には、曲げのかからない擬シェルであることである。その後にざっくばらんに質疑応答を行った。二人とも設計が専門であるので、建物自体のデザインについての質問が多かった。構造については、なかなか伝えにくい。壁上部のかたちが完全な円形でないので、積雪荷重によって多少変形を引き起こす。それを防ぐためだけの横架材や箍というものが必要となるが、基本的に門型としての梁は必要ない。屋根の横架材は積雪荷重だけのものであり、テント材でもよい。これを明確にするには、ワイヤーなどを使用して、壁面上部の変形留めを行えばよいのだが、コストと風雨積雪のための機能的な屋根が必要となった。しかし、短手方向に壁はなく、横架材を剛接合にする必要もない。壁と屋根のジョイントは置くだけの簡単なビスやホールアンカーで行うことができている。CLTのジョイントが一般性を獲得するために、特殊な金物によって規定されることと対照的である。縦ログ構法は、自由度を確保する目的で、その都度ディテールが検討できる在来構法を目指している。それは、生産プロセスにも現れていて、新しい生産組織を必要とせず、既存生産体制のポテンシャルを利用するものである。この建築の表現の自由さはそこから来るものとして評価してもらえばと思う。
056 ブンデス第1節 ボルクスブルク×ドルトムント
今週からドイツも開幕。ドルトムントは最高の出発を、3-0で飾る。内容も完璧であった。先週の試合とは全く異なり、プレッシングが効き縦への早い展開で、DFも危ういところがなかった。特に3点目は圧巻。プロシッチの折り返しをGKとCDFとの間に滑り込んだオバメヤンのスライディングシュートであった。ゲッツエ先発で香川は85分から出場。新監督もトゥヘル同様に左右に速い選手を配置する4-2-3-1、あるいは4-1-4-1。香川はその中央のポジションを争わなければならない。

8月18日(金)
「ネーションと美学」の読書を実行。フロイトによって昨日と同様なことを説明する。本来崇高あるいは超自我というものは、理性(悟性)で説明出来ないものを、名前をつけることによって想像で納得させることだという。道徳についても明確に言及していた。「道徳的なあり方は、外から命令や強制によって吹き込まれるが、それはたんに他律的な道徳性にとどまる。それが自律的なものになるためには、反復脅迫的なものとならなければならない。」

8月17日(木)
気になるところあり「ネーションと美学」柄谷行人著を再読。昨日知った戦争の事実は、むしろ個人の道徳心でコントロールできないほどの皆が想像をした「ネーション」によるものなのである。死を前提とする外的要因にたいする不安は理性では払拭することができないので、その不安の下に、それを超える目的で皆が共同体意識を明確に認識する訳である。ネーションは、個々人というよりも共同体の永遠性を与えるものであり、人や人々にはこうした想像力が備わっている。このことが強調されている。単なるひとりの問題では済まされない問題である。そして、これを反対の創造的(生産的)に転化するための方法が示される。それは、感性と悟性を意識的にコントロールすることである。これを失った結果が戦争の悲劇である。これによると道徳ですら絶対的なものでなく、想像されるものである。戦争という異常時には道徳感も動いてしまう。道徳ですら、実体化、名前をつけることを前提としてはならない。それを乗り超える想像が働いてしまうからである。簡単なようであるが、カント以降の哲学者がこれを行ってしまったことを批判している。彼らをロマン派という。

8月16日(水)
よく建築において「場」という言葉を用いるが、そこにある違和感を今日理解する。場は内にむけた表現であり、外部にもたらす効果を排除しているように思えるからである。建築には、どうしても雨風を防ぐ壁や屋根が必要となり、実はそのかたちが人に多くの意味をもたらしてきた。「場」は、それに目を瞑ることを求める。壁や屋根は、内をつくると同時に、外との接点となるものなのである。NHKで731部隊の特集を観る。ロシアから最近発見された音声の軍事裁判記録によって、その存在と活動が明らかになった。731部隊は満州にあり、東大京大が当時の研究費を得るために、優秀な若手をそこに送った。当時も禁止されていた人体実験を多く行い、国家ぐるみの陸軍との内密行動であったのだ。送られた医師は当初道徳観があるものの、研究が国家から評価されるにつれて研究にのめり込み、人としての道徳観が全く失われてしまった。先日観た特集の空爆をするアメリカパイロットの場合と同じで、外からの権威と内の恐怖心や探究心の異常性が相まると、個人の道徳観でこれをコントロールすることは全くできなくなる。京大の西田一派が陸軍の拡大路線に反対して海軍と関係をもち、結局は戦争への意味を与えることで(「近代の超克」)、戦争への加担をしてしまったことは有名であるが、ことは全く複雑である。特集では、京大医学部の行動を事前と事後で結び付けてはいたが、番組内容ほどクリアではないと思う。

8月15日(火)
お金のかかるEthernet経由の移行を試みる。新しいMacには、ひとつのUSB-Cしかないので、そのためのアダプタの購入が必要となる。おそらくこのためにしか使用しないものだと思われる。加えて、古いMacにもEthernetポートがないので、そのアダプタも必要となる。自由度を求める新しいシステムが特権化し、既存のシステムとは折り合わない例の典型である。Macは革新的で、以前にもFireWireというシステムを開発した。これは今ほとんど見かけない。これと同じ轍を踏む危惧をいだく。こう思うのも、現在木造建築で普及させようとしているCLT構法と同様の臭いを感じるからである。WiFiが本来の姿とおもうのだが、その整備の不十分さがこうした混乱を招いている。以前の高速道路整備のように、利用する自動車量を見誤ったのでなく、爆発的拡大がもたらすインフラ整備費増大をコントロールするものでないかと疑う。ネットワークの性格上、どこでも同一のサービスが求められる。高いレベルで日本中整備するのは難しいのではないか。道路のように東京のみでは済まされない問題である。転送速度が50Mとなり、移行が1時間程度で成功する。

8月14日(月)
Time Machineを介してUSBでデータの移行を試みる。USBでは転送速度が5M程度であった。それでも事務所のWiFi性能の2倍はある。完了まで8時間程度と示され、1晩覚悟するも途中でストップ。おそらくTime Machineのデータ構成の問題ではないかと思う。完全バックアップとはいえ、3年分の上書きの積み重ねであるので、仕方なしと納得する。

8月13日(日)
妻の実家に帰省し、夕飯をごちそうになる。新しいMacへのデータ転送に悪戦苦闘。当たり前のように移行アシスタントで指示されるWiFiでは24時間以上かかることが判る。Macサポートで有線を使用した方法を調べる。

8月12日(土)
NHKで、本土空襲の特集を観る。こえまでの非公開であった多くのフィルムからその状況が明らかにされる。本土空襲によって46万人が亡くなった。そのうちふたつの原爆により死者が22万人。東京大空襲が10万人である。ここまで死者が拡大したのは、日本民間人に被害が及んだからである。アメリカは、マスコミの支持のもと、効果の上がらない軍需施設にたいするピンポイント攻撃から、無差別攻撃支持の指揮官へと変わった。そして、サイパン、硫黄島の激戦から、兵士が日本人への恐怖と憎悪が大きくなったという。このふたつによって、兵士個人の道徳が完全に失われてしまった。戦闘機の小銃器につけられたガンカメラからその様子が明らかにされていた。その映像には、攻撃目標を失った戦闘機が、軍の指令の下、自由采配が許され、動くもの全てに悲惨な攻撃を繰り返していた。それはCGゲームのようである。トリガーが外れたときの人間が脆いことをみる。他者に依存しない自己はいつのときも必要である。
054 プレミア1節 アーセナル×レスター
今週からヨーロッパのリーグが開幕する。プレミアのオープニングゲームにレスターが選ばれる。レスターは新加入FWが加わり、岡崎には厳しい状況が続くことが報告されていたのだが、今日は先発出場。おまけに先制弾をヘディングで決める。アーセナルを相手に、熟成した前からのプレッシングが有効に働いていた。その流れで、バーディも2ゴールを決める。70分過ぎにいつものように岡崎交替された後、新FWイヘアナチョ投入あたりから、全体的な疲れも出始め、攻守のバランスが崩れ、途中交代のラムジーとジルーにゴールを決められる。試合の詰めの段階で、チームとして上手く機能しなかった。3-4でアーセナルが勝利する。
055 DFBポカール リーラジンゲン・アーレン×ドルトムント
DAZNのおかげで、こうしたドイツ杯まで観ることができるようになった。ドイツ杯1回戦、相手は4部のチームである。DF力に関してはそれほど差がなく、固められるとドルトムントは苦戦をする。香川が60分過ぎから今季初出場。左に入ると、今季定着のシャヒンとのショートパスで、左の攻撃率を圧倒的に高める。しかし得点には結びつかなかった。昨季率いたトゥヘルであったら、雷がおちていただろう。どことなく緊張感がないのは、横へと後ろへのパスが多いからである。ボールを受けたらとにかく前を向く。これが昨季は徹底されていた。今日は、そのトゥヘルが重宝したデンベレ、プリシッチ、ゲレイロといった選手が諸々の理由でいなかった。前への推進力に圧倒的に欠けていた。

8月11日(金)
BSにて「怪談」小泉八雲原作小林正樹監督を観る。短編4作である。「黒髪」の冒頭部分の門のシーンといい、「雪女」といい、「耳なし芳一」が奏でる平家偉所の並びなど黒澤監督の「夢」と重なるものが多い。このことに気づく。ストーリーと関係ない自然背景が横長のアートであることなども、そのように思わせる。ともかく映像美に圧倒される。1965年作というのも驚きである。今のようなCGがない分、ストーリーに飽きないのは迫力でしかない。主役はそれぞれ、三國連太郎、新玉三千代、仲代達矢、岸惠子、丹波哲郎であった。このとき若かりし俳優がその後トップスターになっている。小泉八雲は、柳田国男、折口信夫とともに日本再発見者といわれる。この映画も、神話・伝説・昔話を再構成したものだ。この再話という方法に興味をもつ

8月10日(木)
彰国社にて、原稿の打ち合わせ。ぼくとしては、残りの原稿にかかることにする。夕方レジスと打ち合わせをして、事務所に戻る。縦ログ本の原稿の整理。新しい構法によって、技術的問題と構法を廻る社会や人との関係の見直しとなることを目指してきた。同様のことを、「デザインの鍵」にある「ジョイント」にあることに気づき、それを中心にしたストーリーを考える。そして導かれる結論が、CLT構法とは異なり、構法の特権化をなくした自由度のあるものとなること、このことを考える。

8月9日(水)
遠藤研学生と、この秋出展する我孫子美術展の打ち合わせ。この夏までに研究室として取り組んできたこと、それはモノの機能を発見しそれを組み上げることであるが、その延長上に位置付けできる計画が話し合いの中で生まれた。なんとか上手くまとめたいと思う。今年の敷地は、古民家を利用できる。6m×10mの以前スーパーであったプレーンな空間である。真っ新な敷地でなく、すでに与えられた空間ではあるが、将来こうした6m×10mの空間を設計することを考え、がんばってもらいたい。次の話合いに期待しよう。

8月8日(火)
NHKで、8/6のヒロシマを、ビッグデータで読み解く特集を観る。当時の悲惨な状況を風化させないためにこの特集では、8/6前後のひとりひとりの動向に、気象、聞き取り調査内容、警察官による調査報告を重ね合わせ、新事実を明らかにすることが目的である。それは、今まで原爆の影響が少ないと言われてきた2.5km圏外の1%の死亡原因の追究となる。ビッグデータのテール部分の意味するところを明らかにし、それによって原爆の人体にたいする影響を再検証していた。こうした情報は今でもデータ化が続けられているという。データが多層であることと動態であることで、新しい局面が見出されている。

8月7日(月)
一昔前に流行った「パラダイム論」、昨年からよく読むようになった「スペキュラティヴ・デザイン」、現在翻訳中の「Battle」。どれもふたつの対照的な世界の交わらない平行関係を書いている。けれど同じ世界に住み、同じ様な建築をつくっているのだから、そこに交流がある。その現実に注目したのが東浩紀の観光論であった。グラフ理論を持ち出し、現実の下部構造が上部の形而上世界を動かし変える可能性を数字で示した。建築をつくることも同様であると思う。主体が社会にもたらす可能性は残されていると思う。

8月6日(日)
朝起き、昨日に続き錦織の準決勝を観る。今日も20歳の若手が相手であるが、今年勝ち続けランキングが上のズベレフである。初めての対戦と聞くが、為す術なくあっさりストレートで負ける。終始相手のペースであったことをどう捉えるか?今後の課題である。オープンキャンパスの説明会のため大学行き。高校生向けに2回の説明会を行う。説明会に出席する人数、ブースに訪れる学生の質問を通じて、他学科と比べて建築学科受験生のモチベーションが高いことを感じる。建設の好景気もあるのだろうが、社会の行き詰まり感からデザインに何か新しい可能性を高校生が期待していることが判る。この高揚感をしぼめずに、成長させたいと思う。

8月5日(土)
朝起きると、錦織が試合をやっている。マッチポイントを握られてから、1セットを奪い、大逆転の勝利をおさめる。相手は調子よいとはいえ、ランク200位であった。実力の差を思う。ランキングの差ほど差はないが、じつはこの差は大きい。このことをいつも感じる。今週の残仕事を仕上げる。その中でNIKEプロジェクト原稿整理がある。その結論を決める。新しい可能性のある構法をコントロールするために、次々と基準が付加されることで自由度が失われてしまう。このことを避けたいと考えた。これを結論とすることにする。

8月4日(金)
「エル・アレフ」ボルヘス著を再読。ある民家の地下に存在するエル・アレフという物体にまつわる著者の心情を綴る短編小説。これは、無限の知識を備えている。1949年の作品であるので、科学によって明らかになる世界にたいする人の道徳観を示すものと思われる。原広司氏の薦めで、西澤立衞さんらと読んだ。錦織の登場したワシントンオープンを観る。苦手のデルポトロにまずまずの勝利をおさめる。

8月3日(木)
時間の合間を縫って自動車免許の更新へ行く。ドラマ仕立てのビデオ、さだまさしの心情に訴える歌を観る。「ハイコンセプト」ダニエル・ピンク著大前研一訳を読みはじめる。「A Whole New Mind」
の日本語版である。中埜博さんに薦められた。日本語版は、全くの実用書である。

8月2日(水)
新しい原稿のストーリーを整理し章立てを考える。1.建築にも作法がある 2.建物と建築の違い(建築の4層構造) 3.表と裏を超えて(美術館) 4.中身のない空間はない(アートと建築) 5.空間のマネジメント 6.集まって生活すること(学校) 7.個性と管理(ホラクラシー) 8.全体の中から生まれるかたち(パタンランゲージ) 9.かたちの持つ機能 10.観察と創造(ビッグデータ) 11.外をみるということ(デザインスゴロク) とする。

8月1日(火)
「建築の条件」坂牛卓著の感想をまとめる。アートも建築も、「超越的で絶対的な価値」から、「見る者を超えることなく見る者と同じ次元に位置」するものへと変換していくことに同意しつつも、自分と全く異なる建築の見方があるものだと今さらながらに気づく。それは、本書のいう「ハビトゥス」の存在に同意しつつも、ハビトゥスを、外/内のどちらのものとして見るかの違いである。そのことに気づく。大まかにいうと本書の目的は、建築を成り立たせている表象へ外から肉薄することにある。いかにつくるか、仮説は何かというような、人間の内面(第1部の内容)に関わる問題にたいしてさほど問うてはいない。それは、「ハビトゥス」が外在するものと考えるからである。それは、例えば池辺陽の「デザインの鍵」とは対照的なものであり、主体性といってもそれは、倫理性の中に位置付けられひとつのアクターと考えられている。坂牛さん訳の「言葉と建築」には、本書で指摘しているように「形」「構造」などの建築内的問題が挙げられている。一般に構造とは、中心からの距離を形にしたものである。そうした中心など存在していなく、全てが外在化されたものと見るのが本書の特徴である。もうひとつの発見は、「テクトニック・カルチャー」の位置づけである。ぼくにとって「テクトニック・カルチャー」は、心酔しつつも同意できないものであった。この原因を本書によって整理することができた。「テクトニック・カルチャー」は、多木浩二の「生きられた家」と同列なものであるという。「テクトニック・カルチャー」も日常性について書いたものであったというのは、目からうろこであった。技術さえも特権化が失われ、その延長上にぼくらがいる。これへの足掻きの気持ちであったのだ。

7月31日(月)
昼の便で東京に戻る。夜は学科の懇談会。2次会に田井さん設計の新宿3丁目のバーへ行く。慌ただしい1日であった。

7月30日(日)
大原美術館を廻る。最初に完成した本館は1930年であることを知り驚く。イオニア式オーダーの円柱が三角形破風を支える薬師寺主計設計である。当時は渡辺要のトップライトがあったという。現在はいくつかの別棟が建設され、コレクションも多様である。本館後の設計は浦部鎮太郎と聞く。その過程を通して日本に、建築の近代化が根付いていくことが判る。途中楢村徹氏が手がける古民家を回る。古い街並みに新しい木造を差し込んだ誰もが気持ちよく感じる空間である。こうした試みが連続するのは、建築が人を呼ぶことで、経済性が成立していることの証である。そのノウハウのディテールが分析されるべきことを感じる。バブル以降続く試みである。

7月29日(土)
岡山行き。SANAA設計の岡山大学内のJテラスカフェへ行く。古河公園の同類作品から動きが生まれる。屋根はわずかにうねり、流動的な平面で内外が曖昧である。深い庇空間で直接光も入らず、真夏でも暑くはない。芝の小山もあり、ランドスケープと一体化した建物である。前川國男設計の林原美術館へ行く。岡山城内の門と石垣を上手く取り込んだ小さな美術館である。1960年代の作品としては修景を意識する現代的な建築で、今日夕方に訪れた倉敷市庁舎と対照的である。倉敷市庁舎の竣工当時の二川さんの写真が展示されていたのだが、木造住宅の中に忽然と舞い降りた建築が倉敷市庁舎であった。しかし、美術館内部は古典的で見るべきものではなかった。その後、もうひとつのSANNAの岡山大学内の福武ホールへ行く。SANAAの新しい展開を見ることができる。屋根の建築である。ひとつの屋根がひとつの場所をつくり、ホワイエ、前室、ホール部分、サブ空間、屋外空間に、それぞれに傾いた屋根がかかっている。そうした空間が重なり合ってひとつの建物となる。中央のホール部分もガラスに囲まれ、その内側をカーテンで囲う。構造部材はしっかりしていて、屋根の厚みもある。現代建築が目指す純化というものとは異なるかたちの主張が屋根にみられる。その後、SANAA初期のS-HOUSEへ。現代アートを中心とする個人美術館へと用途変更されているが、かたちは竣工当時のものである。度々雑誌で見ていたので懐かしい。入れ子状プランで外側はFRPのダブルスキン。内側は木建具と木ルーバーで制御される。住宅地にある。そこから、この構成を理解できるし、そうした中でも室内環境をコントロールしようとする強い意志が感じられる。プランを機能性から構成するのでなく、徹底的な図式化から導いた希有な建築でもある。ただし、ローコストと経験不足からくる性能不具合が散見でき、それは自分にもあてはまることでもあり、心苦しさを感じる。その後、倉敷に移動し、旧市役所(現市美術館)丹下健三設計へ。力強い構成で空間的である。正面性もある。多焦点であるがSANAAも図式的である。建築の基本をみる。3階議事堂は、現在ホールとして使用されている。子どもたちの発表会を観る。内部はぼそぼその吹き付けコンクリートで、ロンシャンを思いださせてくれるが、白色であるので深みがない。浦部鎮太郎設計の倉敷国際ホテルにチェックイン。夜の食事を、倉敷の古民家再生を生涯続けている楢村さんの設計で、保存地区内にある倉のイタリアンでとる。

7月28日(金)
龍ケ崎行き。基本案の一通りの了承をもらう。次回打ち合わせでは、構造との打ち合わせが必要となるだろう。「建築の条件」を読み終わる。つくづく自分の思考は、対象を中心として、それを拡げる方へ向かうものであることを知る。しかし対象ははじまりの仮説といってもよく、結論は未知で、外に向かうものである。これまでの価値観を信じていないので生まれるものは周囲となじまないことが多い。それにたいして本書は、もちろん結論ありきではなく、分析がまず重要視され、批判的思考によってつくられる。したがってモノの部分に特徴が見られる。生まれるモノには評価基準が定められない(分析不能である)ので、そういう形式となる。

7月27日(木)
「建築の条件」を読み終わる。後半第2部は、消費性、階級性、グローバリエーション、アート、ソーシャルである。人間に外在する問題としてこれらが挙げられる。しかし著者の主張はこの後半の外在の問題の方にあるのが面白い。アートも建築も、この本でも、「超越的で絶対的な価値」から「見る者を超えることなく見る者と同じ次元に位置」p257していくものなのである。つまり、アートまたは建築は、その文脈に位置付けられはじめて価値をもつものとなるのだ。別なところp261では、美学的から文化的、社会的という変遷として記される。本書は、建築を成り立たせている表象へ肉薄することがテーマである。いかにつくるか、どう捉えるかというような、人間の内部(第1部の内容)にたいしては冷ややかにさえ思える。例えば池辺陽の「デザインの鍵」と対照的であり、人間が中心に位置付けられることはない。構造、構成という考えもこの構図から派生するものであることを痛感させられる。主体性といっても、倫理性の中に位置付けられるものであり、ひとつのアクターでしかない。

7月26日(水)
3年生前期建築設計の、美術館と小学校の講評会を、佐藤裕さんと金野千惠さんをむかえて行う。金野さんから、展示物設定の曖昧さを指摘される。箱と内容との関係を指摘されたことになる。提案した空間には説明が求められ、それは、必ずしも制作プロセスから生まれたものと一致はしない。そのことに自覚的になる必要があり、客観的な言葉で語る必要もある。その意味で、金野さんが指摘してくれた湿度感というような切り口は面白い。特異な人体解剖標本のようなものを展示として選んでいた学生がいたが、それに適する空間には、例えば湿度と反射率などを数値化して示す方法がある。特異な空間を目指すほど要求されることだろう。この点で全体的印象として、美術館課題は低調であった様な気がする。学校課題では、よりリアルな解答が求められた。敷地や地域の読み込みについては一定の評価を得られたのだが、学校自体の運営についてつっこんだ案がなかったということである。ぼくも含めて、学校の内実についての理解がないということだろう。それを、Cリーグ目指してブラッシュアップしなければならない。思うにそれは、子どもが自由に活動し、生き生きするための空間を用意することと、それを保障する管理方法がペアでなければならないということである。学校というビルディングタイプでは、児童と先生は対で考えられる。一方への視線だけでは不十分で、自由と管理をバランスさせるもうひとつ上位の管理が必要とされる。それが当事者でない建築家に期待されている。さもなくば、児童の自由は簡単に管理し易い方向へと変更されてしまう。厳しい指摘をしてくれた学校計画の専門家である佐藤さんや倉斗先生は、痛いほどそうした経験しているのだろうと思う。優秀作品に学校の位置付けを周辺地域との関係で明確にしている2案が選ばれた。それは、学校周囲施設のネットワーク図をデザインし、そこに設計する学校を位置付けたものであった。2案とも新しい散策路がインフラとしてデザインされ、今年の新しい切り口である。それを示す模型がビジュアルのために必要となる。

7月25日(火)
「建築の条件」を読む。エマニュエル・レヴィナスを引き合いに、「自分には理解できないもの」を他者とする定義が面白い。対象化して理解できるものは他者ではないのである。フロイトの自我がそれにあたるのだろう。第8章「アート」に、意外な発見があった。そこでは、ヴェンチューリとバンハムを同列に置いている。それは、ポップアート的様相を建築に位置付けたのがテクノロジーによるバンハムであるという批評である。続いて、多木浩二の「生きられた家」とフランプトン「テクトニック・カルチャー」も同列に置き、それは日常性においてであった。ぼくには、「テクトニック・カルチャー」に心酔しつつも、同意できないところがあった。この指摘によって、この気持ちを整理することができた。

7月24日(月)
2年生の住宅課題の講評会。非常勤先生を中心に行う。講評会に選ばれた案とは、解答が完璧というよりも、批評に値しているからである。河内さんのその指摘は正しい。それにしたがい発表者は、客観的で俯瞰的な言葉で説明する必要がある。好き嫌いという感覚にて設計したとしても、そこから生まれた結果を説明し、批評を受けなければならない。環境からの様々なアプローチが試されたのも今年の特徴である。中川、若山両先生のおかげである。講評の後、中川さん、河内さんと食事。講評の合間に発表した遠藤研作品について講評をもらう。ふたりともゲーリーの作品との関連を指摘してくれた。この作品では、主体性の排除を目指している訳でなく、主体性を持つことによって反対の頑なな設計にならないことを目指した。このことを理解してもらったのはよかった。とはいえ、作品つくりがゲーム遊びと異なるのは、決断をどれだけ真剣に行うかによっている。こうした実験では注意しなければならない点である。中川さんの自らの作品を、類似と差異という言葉で説明してくれた。フーコーの「知の考古学」からの言葉と思われるが、他者の言葉を自分の言葉にしてしまうのではなく、解釈を拒むかのように黙して語らない石像美術のごとく文章を鑑賞してみようということだろう。難波さんを意識した言葉である。

7月23日(日)
NHK特集で日本列島の成立過程を観る。太平洋プレートがユーラシアプレートの下に潜り込む反動によって、ユーラシアプレートの端部が引き裂かれ日本列島ができたという。そのときは、東西ふたつの島に分かれていたのだが、富士火山帯の連続的噴火によって現在のひとつの日本列島が完成した。1500年前の話である。「建築の条件」を読む。建築の表層に迫ることは一方で、制作ポイエティークについて片落ちとなる。そう思いながら、3章の「主体性」に注目する。そこには、当然これまでとは異なる主体性が示されている。それは、フーコーの「混在郷エテロトピ」に代表されるものであった。コンピュータ技術がもたらすものがそれである。通常の主体性は次章の「倫理性」にあった。ブルデューを引き合いに「ハビトゥス」(習慣的枠組)の更新がそれにあたる。アンソニー・ヴィトラー「不気味な建築」も挙がられる。しかしそれがもたらす意識構造には触れられていない。この差異がぼくとの違いである。

7月22日(土)
ビッグサイトにて、高校生に向けてレクチャーをする。「未来への思索のために建築ができること」と題して、デザインの社会的役割について話す。高校生は真剣に聞いているものの、メモをとったり、笑ったりするなど反応が今一であったので、引き込むことに苦労する。150名程度相手であったのでこれも可能であった。各大学から先生が招待され、ビッグサイトいっぱいを使って、1日8回くらいの講義が行われる。かなりの数の先生に高校生は触れることになる。子どもの数が少ないことを受けて、こうしたことまでが商売となっている状況を実感する。

7月21日(金)
「建築の条件」坂牛卓著を読みはじめる。坂牛さんには及ばないものの、読書歴が重なっている部分がある。しかし、全く異なる見方であることに気づく。視線の先が異なるのだ。この違いが何に由来するかを考えて本書を読んでみよう。第1章の「男女性」にカワイイ論があり、2章の視覚性にグリーンバーグ、クラウスが語られる。社会やモノの構造というより、外から肉薄する表面への視線が特徴的である。ぼくが考えがちの構造というと、それは建築内からの視線であることに気づく。

7月22日(土)
ビッグサイトにて、高校生に向けてレクチャーをする。「未来への思索のために建築ができること」と題して、デザインの社会的役割について話す。高校生は真剣に聞いているものの、メモをとったり、笑ったりするなど反応が今一であったので、引き込むことに苦労する。150名程度相手であったのでこれも可能であった。各大学から先生が招待され、ビッグサイトいっぱいを使って、1日8回くらいの講義が行われる。かなりの数の先生に高校生は触れることになる。子どもの数が少ないことを受けて、こうしたことまでが商売となっている状況を実感する。

7月21日(金)
「建築の条件」坂牛卓著を読みはじめる。坂牛さんには及ばないものの、読書歴が重なっている部分がある。しかし、全く異なる見方であることに気づく。視線の先が異なるのだ。この違いが何に由来するかを考えて本書を読んでみよう。第1章の「男女性」にカワイイ論があり、2章の視覚性にグリーンバーグ、クラウスが語られる。社会やモノの構造というより、外から肉薄する表面への視線が特徴的である。ぼくが考えがちの構造というと、それは建築内からの視線であることに気づく。

7月20日(木)
ノイズの豊田啓介氏を千葉工大に迎えてのレクチャーを行う。デジタル技術を使うことで自らのレンジが拡がっていく実感を、実例を通じて示してくれた。創発に関する考えなどぼくと重なることが多く、最近のデジタル技術を操縦できないぼくには、その実感から遠ざかってしまっているので、彼の状況を少し羨ましく思う。これほどのエキサイティングなレクチャーであった。レクチャー前半に紹介してくれたアート作品は、名和晃平氏、BAOBAOらとの共同で、デジタル技術を繊細に試みることによって、より自然な状態に近づけることを目的とした作品であった。難波和彦のいう、微細な構築がもたらす意味的かつ物理的な透明性、これをサステイナブルデザインといってもよいが、これがデジタル技術によってはじめて実現可能となることを示すものであった。具体的にそれは、動くことによって自然に近い状況を視角化させようとする作品である。もちろんこうした試みは実験的である。後の食事会で話したところ、金銭的理解がある台湾においても、この試みはかなりのリスクを背負うものであったようだ。若かったからできたとお話ししていたが、この試みに敬服する。豊田啓介さんによると、最近のデジタル技術は生産面に関わってしるので、情報とマテリアルの境界までもシームレスにすることが可能であるという。これは、マスプロダクトからマスカスタマイズの方向に、専門性から一般ユーザーへという流れで、社会に広く馴染む方向のものである。そして多くのひとが様々な創造を可能とする状況をつくりだしている。ただし、ことデジタルインフラに関しては、その独占がはじまっており、新しい管理社会が構築されつつあることを見逃してはならないことも同時に思う。豊田啓介さんは情報学のようなものを立ち上げようとしているという。彼のようなつくる立場の人が、この新しい管理社会に注文を出すようにしなければならないと思う。その意味で情報学を立ち上げることにも賛成する。もうひとつ面白いことがあった。豊田さんは安藤事務所で、みっちりと大道の建築の修行をしていることだ。おそらく、作品にのめり込みつつも、社会との接点の重要性を失わないことだろうと思う。他のデジタルアーティストと比べて、ふたつの世界を俯瞰することができているからだ。

7月19日(水)
「パターン、Wiki、XP」を通して、パタンランゲージの新しい解釈を思い付く。パタンランゲージを辞書として使用することとの違いである。対象(オブジェクト)を大きなコンテクストに位置付け、対象が単に名前だけでなく、具体的な形として無限に広げた形の中に浮かび上がってくるシンボリックなものとして考える。これがパタンである。与えられる教示的なものでなく、パタンを生成物のように扱うことである。パタンは無限の成長の一形態であり、繰り返されるものである。設計とは、こういうことをいうのだろう。例えば学校というものはある制度のもとで運用されるビルディングタイプではあるが、地域という中からシンボリックに上がってくるものとしてみることである。

7月18日(火)
「パターン、Wiki、XP」再読。昨日書いたプログラム方法を、コンピュータの世界では、オブジェクト指向プログラミングといっていることも判る。これは、データ指向に相対するもので、ある目的に従って、複雑なデータを取り合えず捉える手法である。空間に名前を付けることであるが、それをもっと柔らかくいうと、パタン認識いうものである。HOWからWHATへの移行であった訳だ。WHATであることで、分析型から提案型への移行が可能になった。

7月17日(月)
「パターン、Wiki、XP」江渡浩一郎著の再読。Wikipediaとパタンランゲージのつながりについて再確認。これまでのプログラム設計がアルゴリズム処理手段とデータ構造という2段構えであったのを、パタンランゲージをヒントに、ふたりのプログラマーがユーザーインターフェイスを重視するようひとつに統一したということが判る。繰り返し現れるプログラム手法をパタン化して、それをインターフェース上に載せたのである。そのユーザーフレンドリーな構造が、爆発的な拡大に繋がった。ぼくらのみて、だれもが参加出来るWikipediaはその最大の成果物である。つまり、ここでは曖昧模糊した現象を捉えるのに、パタン認識とそのオープン化のふたつが構造化されたわけだ。ここには、善悪というような価値判断がないのが特徴である。ビッグデータによる淘汰によって、その機能が担保されている。とはいっても、かたちのない大きなストリームにたいしては批判できないのである。ぼくらに許されている現実とは、その上の参加というかたちをとる個性発揮でしかないのだ。どことなく最近の建築におけるワークショップに近いものを感じる。このことに最近気づいた。

7月16日(日)
忙しい休日を過ごす。墓参りに行き、その後山梨のキースへリング美術館。途中で三分一湧水というところで、蕎の食事。なかなか美味しかった。その後、高速の反対側にある尾白の湯。途中白州を通り抜ける。緩やかな開けた田んぼの山裾に温泉があり、湯船が広々として気持ちよい。管理されたキャンプ場が隣にある。20号の東側は永遠と断層が続く。韮崎駅はそれを超えたところにあり、断層真上に大きな観音仏があり、街を見下ろす。韮崎経由の高速で帰宅。途中韮崎高校があり、中田英の高校かと思うと感慨深く思う。夜、フェデラーとチリッチのウインブルドン決勝を観る。フェデラーは、勝つためのスタイルをもっていて、それに持ち込む能力が高い。錦織との差をここに感じる。無理することなく、短時間で圧勝した。それを思うと、全豪でフェデラーにそうさせなかった錦織の健闘を称えたく、この死闘を制することができればと残念に思う。

7月15日(土)
龍ケ崎行き。ブラッシュアップした案を提示し、概ね了承される。これで詳細な技術的問題の検討に入ることができる。
053 親善試合 浦和×ドルトムント
ヨーロッパリーグも休みが終わり、新シーズンに向けての準備がはじまる。ドルトは監督が変わった。4-3-3を基本に後半は3-5-3となり、昨年とそれ程変わりがなく、今日を見る限り新監督のコンセプトは見えてこなかった。それよりも前半はレッズの闘志が目立つ。それに圧倒され、攻め手をつくれなかったのかもしれない。しかし後半からレギュラーが保障されていないモチベーションが高い選手が出ると流れが少し変わる。モルがかき回し、個人技で浦和を逆転する。とはいえ、モルの持ちすぎは今後の課題だろう。香川は、代表戦の怪我のため欠場。

7月14日(金)
昨日に続き、データの整理。その中で、デザインの役割について気づくことがあった。同じデザインも、受け取る側には答えにもなり、疑問が呈される、このふたつの可能が生まれる。拡散型思考を促すには、この後者の役割が大きい。これによって、これまであたりまであったことがはじめて見直されることになるのだ。

7月13日(木)
来週、幕張で行われる高校生向けの模擬授業の整理をする。「未来を思索するために建築ができること」と題し、これまであたりまえと思われていたことをひっくり返す建築あるいはデザインの力を紹介することにする。この力によって、社会が大きく変わることがある。その実例の紹介である。これまでの美学を否定できたフラー、これまでの業界構造、工程を変えることができたイッセイミヤケ、機能に合った素材選びとは逆の、素材から新しい機能性を発見したイームズなどを挙げ、デザインには、答えを与える役割に加え、問題を巻き起こす起点となりうることを示し、むしろそれがデザインの本質であることを示そう。逆にいうと、それだけ既存のフレームワークから逃れるのは難しいことでもある。そうするために、パタンランゲージのもっていたユーザに対するオープンソース性が役立つ。Wikiの本質がそこにある事実を示すのもよいかもしれない。加えて、デザインスゴロクのような俯瞰的視点を与えるツールを使うことも有効である。このことを示したいと考えた。

7月12日(水)
生物学者ルイ・パストゥールがいったという「偶然は心構えのある者にしか微笑まない」は、アイデアの発想を上手く言い当てた名言である。ある本で廻り合う。

7月11日(火)
新しい原稿の準備にかかる。設計に求められることを書こうとするだが、それだと教条的になり、学生が外向き思考できなくなることを懸念する。ぼくや多くの建築家が実際に行っているように、既存のフレームワークを疑う姿勢の必要性を痛感する。設計行為において、闇雲に与えられた条件を解いてしまうとしたら、それは創造行為でなくなる。このこともあわせて強調する必要がありそうだ。テーマを少し拡げ、もう一度考えることにする。

7月10日(月)
先週末に研究室活動として八王子に行き、研究状況の報告会をしたので、今日のゼミは休みとする。夜に、娘が事故に遭ったというので大慌てとなる。現場に駆けつけると、たいした怪我もなく一安心する。

7月8日(土)
朝食を、新しく建てられた木造建物でとる。尾根の突き出た先端にその建物はある。景色を取り込むように外に開かれた建物で、気持ちよいが、なぜか物足りなさを感じる。その横には、タイルアートとした大浴室がある交友館がある。この浴室は、冨田玲子さんの設計と聞く。本館にあるコンタ模型を見ると、意外な事実を発見する。本館と講堂の間に山頂があり、そこは手つかずのまま残されている。そして、尾根筋が基本的なアプローチ路となっている。敷地と建物の関係がよく判った。先程見た交友館は、大きな煙突をもち、重要な位置付けにあるのだが、その手前にさくら館ができ、その位置付けが曖昧になってしまった。高いところで、本館、交友館、講堂で施設の一体感をつくり出し、以前はその下に宿泊ユニット群があった。そのクラスターに、ユニット各室からの焦点をつくるために、谷筋をまたぐようにユニット群が建てられている。が、昨日見て判ったように、その配置のため朽ちるのを早めてしまった。地形から発想するなら、同じ高さのコンタ上にユニットを配置し、中央を最も小高い部分にし、外に開くような構成とすべきであった。このことに気づく。ともあれ吉阪建築とは、体験可能な原寸模型建築である。

7月7日(金)
芳賀沼さん来所し、龍ケ崎住宅の改築の打ち合わせ。スタッフと話をしている中で、新しい展開を思い付く。彼が言うには、近頃発表されるリノベーション作品の多くは、構造を顕わに保存した上で間取りが変えたものであるという。間取りの変更は、既存住宅の機能的破綻を解決するものであるので合点がいくが、構造を顕わにすることは、近頃の建築家の行動に反し、強烈な意志を表すものである。一般的なリノベーションで、これを行わないことからもそれは明らかで、彼はその違和感を指摘していた。それは、無意識に建築家の中に、構造が上位概念、その下に生活があるとし、このヒエラルキーが横滑りしていることではないか?と考えた。ぼくらの提案する案も同様のかたちをとっている。空間を拡げるために、閉じた縦ログの箱を既存住宅の中に用意した。これによって構造的にも環境的にも最大限の効果をあげることができる。果たしてこれからこの案をどう考えようかと思い巡らす。
午後、研究室活動で、八王子セミナーハウスに何年かぶりに行く。とはいえ、訪れるときはいつも雨が降っていて、十分に各建物を観たのは今回が初めてであった。まずは本館の逆四角錐型外観に圧倒される。こうした建物は少ない。観る側に傾斜をし、加えて、建物の重量感がなおそうした未経験からくる不思議さを増長している。これと対をなすように、中央セミナー館は、姿を谷間に隠し、四角錐の内部が圧巻である。宿泊ユニットはかなりくたびれていたので、少し残念であった。松下館は、敷地を活かしたユニットの連続建物である。しかし屋根が一体化しひとつになり、大地へと連続する。ユニット建築がこれほどダイナミックなかたちになることに驚く。こうした経験は初めてである。シェル屋根の講堂と図書館のつば競り合う庇がつくる屋外空間は、涼しい風道である。ただし、室内空間との連続が弱い。つまりは、外か内か2分するのがこの施設の特徴である。それだけ繊細な構造ではないのである。野外ステージは、単なる外部空間として軽く見ていたが、ステージ上から見上げると、講堂と図書館に囲まれ、さながらオペラ劇場のようであった。大きな模型、あるいは現場観察からでしか発見できない設計だと思う。同様に長期研修館の通り抜けアプローチからは、飛行機が下降するときのコックピットからの眺めたようだ。国際セミナー館の屋上は滑走路のようで、それくらいダイナミックな構成であった。吉阪さんらは登山家でもあった。この国際セミナー館は、山の尾根筋をデザインしたものなのだ。そう考えると、谷筋にあるユニットハウスは、華奢な木造ではあるが、朽ちるのが早いことに合点がいく。谷をまたぐ松下館はなんとか持ちこたえている。建物の配置には、谷を避けるべきことを教訓とする。

7月6日(木)
彰国社で、出版に関する打ち合わせ。設計と講義科目のリンクについて、今一理解されない。このことを歯がゆく思う。設計課題に、設計技術の向上や創造性を鍛錬する直接的な目的と、その課題を廻る建築的知識や思想を知る目的をもたせたい。各講座で、それとの関係を多面的に示すこと、逆にいうと、そのとき学んだ知識や思考を設計として実践し、検証することに設計が位置付けられればよいと思う。つまり設計を、結果というより手段として考える。それが将来の拡がりをつくるのではないか。もう少しトライしてみよう。

7月5日(水)
「バースト」を再度整理する。スケールフリーの実在によって、自然や生物、生命といったものは、偶然の産物という見方が出来る。たまたまの線の組み替えが一気に態勢、システムを変えていき、偶然に同じ組み替えをする他者が数%いることで、こうしたことが起こるのだ。この可能性を数字で示したことが本書であった。しかしそのことを、事後に機能的に説明することが可能であっても、進行中にそれを行うことは難しい。なぜなら、進行中には、線の組み替えを無数に、自分も他者も行っているからである。バーストが起こった後に、線の組み替えの成功の原因が特定できるのである。創造に関しても同様だろう。だとすると、過去を振り返り、組み替えが成功した痕跡を見ることはできても、その痕跡を廻る当時の環境は不明のままである。それはかたちにないからである。「Battle」では、土地の観察、センターの見極めが主題であった。これも眉唾もののように思えてくる。当然のことながら、そう簡単に説明できないことだけは判る。「デザインの鍵」には、「名前のない空間へ」という章がある。名前あるいは機能的な説明で納得することが最も創造と遠い行為となる。このことをいっている。

7月4日(火)
夕方、下訳をもって中埜さんの事務所へ行く。「Battle」は当初、アレグサンダーと細井理事との共著であったらしい。中埜さんが細井理事の文書を英訳し、その量は今の1.5倍くらいあり、各章で担当を分けたかたちであったそうだ。ふたりとも頑固で、いくつか妥協できない問題があり、その試みは決裂したそうである。中埜さんは最近、15の幾何学的特質を組織化するための人間行動に置き換えていることを聞く。「Battle」でも、幾何学をtransformationと置き換え、より実戦的なのにしていた。中埜さんによると、パタンをランゲージにするには、考えられているほど容易ではなく、盈進のときにアレグサンダーの中心課題であったという。本書を読むとそのことがよく判る。土地の構造を読むことでそれを追究していたのである。土地の構造によって、パタンがランゲージになった。つまり、パタンの問題とセンターあるいは幾何学の問題を、盈進以前は別個に扱っていたのを、盈進によって繋げた訳である。と同時に、メキシカリの住宅「住宅の建設」でも扱っていた生産の問題も、このパタン+土地という案を形にするための重要なファクターとなった。ぼくが思うに、15の幾何学的性質とは、多くの情報をとり込むための緩い枠組のようなものである。それは受動的に聞こえるかもしれないが、枠組みを設定するので、当然のことながらある価値観が存在する。そして受け入れる側にも上手い資質、構造がなければ、それが可能とならない。それは生来のものでもあり、学習することもできる。その学習方法を中埜さんはメタファーという。それは、見たり感じたりして、自分の場合にあてはめ真似することである。

7月3日(月)
「バースト」を読み、スケールフリーの問題を整理。まずは、ワッツとストロガッツによるネットワークモデルというものがあった。これは、円上に等分割された頂点とそれを結ぶ線で説明されるものである。狭い社会では、隣の頂点としか結ばれない。これだと反対側にある頂点にまで達するのに、相当の線を経なければならない。例えば、22の頂点がある円では、対角線上にある頂点には6本の線が必要となる。しかし、人は遠くに飛ぶことができる。それによって、対角線上の頂点にたったひとつの線でいくこともでき、平均するとその線は3弱本になるそうである。これがスモールワールドである。ワッツは世界がこうしたランダムネットワークであると考えた。バラバシはそれに主体性を考慮した。世界はこれほどランダムではなく、偏りがあるというものである。それがリンク数の多いWEBを生み、一部の富豪をつくり出している。なぜか?それは、「優先的選択」というものがあるという。それから発生するモデルをバラバシは考えたのである。それは、最もリジットな初期モデルの15%の線を変えるだけのものである。それで、偏りができる。世界はランダムであることよりも、この形状をとることの方が実は多い。世界が出来る様を、経済性や機能性、あるいは生物なら進化的機能性からできている訳ではなく、数学的な主体性、個性のない部分のようなもので支配されている。この見方が刺激的である。

7月2日(日)
新国立美術館で開催されている「ジャコメッティ展へ行く。初期のキュービスム的作品から、最晩年の結局は実現しなかったチェース・マンハッタン銀行のプロジェクトまで、ジャコメッティの生涯を顧みることができる。その中でジャコメッティは、1935年を境に作風を変えたという。シュルレアリスムに別れを告げ、モデルを前にする制作へと回帰したのである。次の言葉は、1948年に自身が35年以降の自身の作品を振り返ったものであるが、{バースト}で読んだハイゼンベルグの不確定性原理に近いものがここでも見ることができ、時代性を感じる。「見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻は次第に小さくなった。それらは小さくなければ現実に似ないのだった。それでいて私はこの小ささに反抗した。倦(あぐ)むことなく私は何度も新たに始めたが、数か月後にはいつも同じ地点に達するのだった」。ジャコメッティは、そうして極小の作品をつくり、1940年頃にサルトルと知り合いになった。そこで「絶対の探究」にめぐり合ったという。即自と対自を一致させるような試みと推察する。ハイゼンベルクの観察絶対主義的な姿勢もこれに近いものだろうと思う。そうして、見ることと制作することの一体化が、その後のジャコメッティ生涯のテーマになった。ジャコメッティがモデルを前に行うスケッチ映像は、それにたいする迫力が十分に伝わるものであった。ところで2006年に神奈川県立近代美術館葉山でも同展が開催された。そのときは日本所蔵の作品を中心にした展示であったが、今回はこの極小の作品数点と大型3点が加えられ、だいぶ様相が変わっていたと思う。ぼくの観る視点もだいぶ変わっていった。上記のことを当時は気づかなかった。

7月1日(土)
21-21 DESIGN SIGHTで開催されている「そこまでやるか」展に行く。クリスト、アーク・ノヴァ、ヌーメン、石上純也、ジュルジュ・ルースらによるスケールが壮大なプロジェクトが紹介される。壮大であるが故に、ビデオや模型展示では、迫力不足が否めないことを感じる。建築展で感じる欲求不満と似たものである。その中で、ヌーメンのビニールテープがつくり出す地蜘蛛の巣のような作品は、実際に中に入ることもできる遊具であり、圧巻であった。

6月30日(金)
久しぶりに「朝まで生テレビ」を1時間だけ見る。官僚制度がテーマであった。その討論とは別に、官僚をはじめ世の中の管理側の力が以前より強くなったことを近頃感じる。今回の加計問題は、内角官房府が主導する特区にたいする文科省の反発からはじまっている。しかしその力関係は明白で、それは安倍内閣の情報公開要求にたいする横柄な対応でそれがわかる。大学と文科省との間にもこの縮小をみるこができなくもない。現在、特に3.11以降、世の中が進むべき方向性は見えていない状況である。何を実行するにも、価値観が多様化し利害関係がぶつかり、簡単には物事・政治を進めることができないでいる。震災復興もそうである。そのため世論は、公言はしないものの、政治的なリーダーシップをどこか求めている。安倍政権はそうした状況にのっている。特区政策もそのひとつの現れである。しかしそうした強い政権でも、前提となる情報公開がもたらすクレームにたいして対処が求められるので、それをすり抜ける巧妙な管理体制というもののさらなる強化が必要とされる。そうでなければ、法治国家の下でリーダーシップをはっきできないからだ。加計・森友問題における野党とマスコミの突っ込みがさほど効果的でないのは、既にそうした体制が完成しつつあることを物語るものであるかもしれない。つまりは、真の民主化を促す情報の公開というものが、複雑な世論を招き、それとは反対の管理強化する方向にむいていることだ。それが不気味である。知らないうちに巧妙で強大な管理体制が出来上がりつつあることだ。これは政府だけでなく、会社組織や建築にかかわる一連の法律設定、大学問題にまで及んでいる。このことをたまに実感する。

6月29日(木)
「バースト」アルバート=ラズロ・バラハシ著を読み終わる。バースト、べき乗数が発生する根拠、初期条件とは、人の重要度にもとづく優先順位付けにやはりあった。しかし病気発生(入院状況)や知的生命体発生数など、原因が優先順位付けに該当しないものもバーストすることが指摘されたところで、本書は終わる。「バーストが我々人間の発明物でなく、知的生命が地球に現れるずっと前から働いていたp351」のである。結論を先送りした感が否めず、「意識的な優先位置付けなどありそうもない動物や分子原子レベルのプロセスで、いったいどんなメカニズムが重要性を決めているのだろうか」(監訳者あとがき)という疑問が残されたかたちである。本書後半は、バースト原理から、人の行動などにたいする「予測可能性」というものに話題が移る。これにたいしては全くの試行段階のお手上げ状態であった。本書偶数章で進められるルネサンス十字軍の物語は、これを案じるものである。主人公の破天荒な動きがバーストであることは事実であるとしても、個々の事実は多大な解釈の上にあり、歴史というのは、ぼくが前日に指摘したように、事後的な説明でしかないことが説明されている。未来を予想することもさることながら、過去を知ることさえ不可能なのである。つまり、ぼくらは未だに1927年のハイゼンベルグの不確定性原理の内にある。現実さえも捉えることができないことが示されているp286。観測によってはじめて人の行動が予知できるのであるが、観測しなければ決まるものもない。逆にいうと、必要とされているのは、事実と思わせる程の観察である。バラバシを支えているのがこの考えであることが判る。

6月28日(水)
昨日の番組に触発され、再び「バースト」アルバート=ラズロ・バラハシ著を読みはじめる。「新ネットワーク思考」を読み終え、結論が見えているので、バースト、べき乗数が発生する根拠、初期条件を知りたいと思うのが、なかなか出てこない。ただし、ルネサンスの十字軍の物語が偶数章に、現代のバースト例を奇数章にと、2つの物語を平行に進める書き方は、読者を引き込む。物語内容も時系列に沿っていない。行ったり来たりする。むしろその方が、臨場感がある。人が筋道付けて説明するのは、事後強引に必然性を導いくためのものであり、本当のことではない。

6月27日(火)
「Battle」のまとめを終える。気になるところがあるのでそれをどう扱うか、次の段階である。NHKで、AI特集「天使か悪魔か」を観る。AIロボットと将棋名人との2局の戦いを通じて、AIの将来に迫ろうとするものである。既に知られているように、AIロボットが圧勝した。しかも別の番組では、このAIロボットも、AIロボットとの将棋大会決勝で負けている。恐るべきAIの進歩である。というのも、このAIには、これまでの名人戦700万局がデータ化され、それは棋士の対局2000年分に相当する数であるという。AIはこのデータをもとに、棋士の常識では考えられない進め方をする。つまり、制作者のプログラムに沿ってはいるが、その扱う量が膨大であるためにプログラマーでもその因果関係を掴むことがもはや出来ず、つまりAiが独自に学習しているかのような現象がおきている。この技術は、文章アンケートを解読することによる深層心理の解読、あるいはアメリカでは犯罪者の行動予想などに、既に世の中で実用化されているそうだ。これらに共通するのは、思考過程はブラックボックス化され、結論だけを提出する。この過程をだれも静止することができないAIの現状である。この番組はこれを揶揄するものであった。はたしてこれはAIだけの問題であろうか?と思う。レム・コールハースが著した「錯乱のニューヨーク」におけるニューヨークの成立過程も、これに近いことでないかと思う。法律(=プログラム)に則ってはいるが、経済の欲望によって、あのような都市が完成した。東京の狭小地住宅状況も同じである。中国の状況も同じかもしれない。これらはデータ数の多さでなく、大衆や経済パワーによっている。そう考え、設計というものに限定すると、計画することよりも、情報量をかき集めることの方がより豊かな結果をもたらすことになる。もっというと計画内容よりも、情報量を獲得するための方法の検討の方が重要となるのである。

6月26日(月)
「生活とかたち 有形学」を読む。「デザインの鍵」と同様に、ひとつの章で話題を完結させる書き方が特徴的である。2章には、ふたつの思考方法が示される。「悠久の歴史、無限の宇宙は、どうジタバタしても全体のつかみようがないが、自分の撫でた範囲で全体像を推察する他はあるまい。ここにいわば二つのみち、拡散型と凝集型がみられる」。これにしたがうと両書とも、拡散型思考に値するすことが判る。ある中心にあるテーマを、凝視するのでなく、多面的に捉え中心を浮かび上げるような方法である。この中心となるテーマとは、社会、宇宙、世界、歴史、文明の構造とは何かということである。繰り返しになるが、まえがきにある「他者の立場、他者の考え方、他者の反応を理解し、相互の矛盾をのりこえるアイディアの発見、実行ということになる。その媒体となるのが空間的に表出された表現であり、その姿や形である。」ということにつきる。「デザインの鍵」最後の96「広げるほど決めやすくなる」にも、同様の内容が読み取れる。「デザインが何らかのものを形づけるためにあるとすれば、最も問題になる点は、そのデザインの対象とその外側との区別がどのようにしてなされているかということであろう」。「このような意味で、デザインの基礎が対象物の中に入っていくということではなく、問題を外側に広げていく思考方法が最も重要である」。かたちをひとつのシステムに位置づけること。この時期彼らが行っていたことである。

6月25日(日)
「Battle」24章をまとめる。日常的な美によって世界が変わることを、盈進の実例を交えて説明する。全体性の中身を説明するのでなく、それが展開されることによる結果を示すのが本章である。「生活とかたち 有形学」吉阪隆正著を読みはじめる。歯切れのよい文章に感嘆する。まえがきがも素晴らしい。吉阪の基本的考え方を理解できる。「主意は、証明にあるのではなく、別な考え方も存在するということを述べることにある。最も身近で心が通い合っていると信じている親子や恋人同士でさえ、何らかの仕方でその心の内を表出しない限り伝わらない。」そして、「他者の立場、他者の考え方、他者の反応を理解し、相互の矛盾をのりこえるアイディアの発見、実行ということになる。その媒体となるのが空間的に表出された表現であり、その姿や形である」。吉阪の形に思い入れする考えがここにある。1章 生活とかたち(有形学)はこの本の概要である。「物の姿を通じて生活との絡み合いを知る必要が生じて、有形学をつくらせる。原人たちが大自然の形姿に対したように、今私たちは人工物に対応しなければならなくなったのである」。有形学は明らかに、人間中心主義的な考えである。しかし一方で人間がつくるということに疑問が呈されている。「物をつくるとはその物に生命を移すことだともいえる。私たちが物の形を通じてその奥にあるものを知り感動を受けるのは、注ぎ込まれた生命の多さによるのだろうか」。まるで、「Battle」で訳したような内容である。「安心できるのは総合されたものだ」。これも「Battle」にある。「このためには過去を顧みて、物の形がつくられる経過を学び、他方、未来に賭けて提案をするみちを探ることだ」。現代でいうところのスペキュラティヴ・デザインである。次章からは、目次がシラバス形式をとっていて内容が理解しやすい。どれも歴史、文化がどのように空間化されていったかが語られている。本書締めくくりの15章が最初に気になった。「視点と視野」というタイトルである。ここでは、全体像を把握し、その中に個人を位置づける重要性を説き、発想転換を促している。具体的にそれは「魚眼地図」に現れる。客観的とされる地図を主体的に表現したものである。
052 コンフェデ杯 ロシア×メキシコ
開催国ロシアが先制するも、逆転を許し、メキシコが決勝トーナメントへ進出する。メキシコは勝ち方を知っている。日本は参考としなければならい。リードをとると、その後は、粗い攻めにより追加点が奪えず、流れがホームのロシアに行くところを、前線からのちょっとしたプレッシャーから相手の勢いを削ぐことに成功していた。ラインを下げすぎずにいられたのは、前線からの守備によるものだ。セカンドボールの支配率が高くなくとも、なんとかボールを押し戻していた。決して体格的に優勢でないメキシコの勝ち方を日本は学ばなければならないと思う。

6月24日(土)
「Battle」23章をまとめる。この章では、全体性へのアプローチを語られる。本来世界には構造がある。それをよく見れば、何をすべきかが自ずとわかるというものである。以下抜き出す。「私たちは、新しい将来の現実を現在の現実から理解し、抽出することができます。私たちは、それが何であるかを定義できなくとも、未来に導くロープをたどり、その現実を越えた見方が可能であるということをそれは意味しています。」p452。あるいは、「現在あるものに関する構造についての私たちの知識が、私たちのためにドアを開けます。それが、輝くビジョンとなり、直接私たちを誘導します。私たちは、現在の構造を深く推定することで、まるで自分自身のことのように、ものごとが生まれてきます。」p452。「さらにいうと、それらは、現在ある構造の深い構造から来ます。何をするべきかについて示すものです。それはまるで、見えない魂が主体的に働いたかのようです。これが、創造というミステリアスな性質です!!」p452。人間中心主義ではない世界が展開されている。しかし、それを把握するのはあくまでも人間でしかない。この把握方法が徹底化されているのが特徴的である。ぼくらは様々な場面で試行錯誤を繰り返す。例えば、途中でコンセプトを思い付いたり、敷地の見方が開けたりとか、設計とは時間を行ったり来たりする連続の末のものと考えている。もちろんこの本でも、そうした試行錯誤が語られる。しかしそれは思いつきではない。例えば、パタンランゲージから生まれた田の字センターと敷地における中心となる場所の一致。これを永遠と試行錯誤していたことが本書から判る。最終的には、コンタ模型の上に建物ボリュームの切れ端を偶然に置いたことを切っ掛けに設計は展開するのであるが、それは主題が定まっている中での試行錯誤である。人間中心主義を、思考という言葉で解釈するなら、自由な思考の上にガバナンス方法が位置づけられている。さらにその上位に、全体性を司る幾何学構造がある。ヒエラルキーが徹底され、思考は下層にあるものである。

6月23日(金)
「吉阪隆正とル・コルビュジエ」再読。ヴェネチア・ビエンナーレ日本館。日本国のアイデンティティが求められる中、吉阪はこの建築テーマを、建築と自然とする。これを本書では、「明晰な形態に、土地に対するさまざまな配慮を盛り込んでいる」という。ピロティは、土地から離れるのでものでなく、土地に介入しその性格を引き出すものである。これを、ぼくも経験した。伊東豊雄は、中央の外部に通じる吹き抜けがいつも展示の時に格闘すると述懐する。ヴィラ・クゥクゥは、道路からであるが彫塑のようなコンクリート外観が印象的である。思ったより小さい。これから後期コルビュジエを思い出さない人はいないだろう。プランは、ロフト型の一室空間であり、この時期よくあったものである。中央に玄関。外に開かれていて、道路側2階が寝室である。アテネ・フランスは色使いが特徴的である。増築を重ね、不連続統一体をなしている。手すりがとにかく凄い。大学セミナーハウスも、62年から78年まで7期に分けて工事が行われた。本館、中央セミナー館、宿泊ユニットと続く。これは工業化されたものだ。次に本館に繫がれた講堂と図書館。ふたつのシェル屋根で構成される。冨田玲子さんが担当した長期研修館、野外ステージ。それから大学院セミナー館、国際セミナー館と続く。とにかくバリエーションに富み、それが自然と一体化した道によって繫がれている。アテネ・フランスと同様のコンセプトである。最後に樋口邸。ぼくの設計した住宅の直ぐ近く、篠原さんの住宅の隣にある。コンクリートの迫力は群を抜いている。
051 コンフェデ杯 オーストラリア×カメルーン
カメルーンは引いて守り、カウンター狙い。オーストラリアもそれを怖れ、どちらも負けない戦いを選択する。ゲームとしては退屈であった。オーストラリアは左の10番がよい。サイド奥深く攻め込み、そこからのクロスに終始する。

6月22日(木)
「吉阪隆正とル・コルビュジエ」倉方俊輔著を再読。有形学がやはり、60年代からのものであることを再確認する。池辺陽との同時代性もはっきりした。有形学は、自然と対峙するもので、人間を主体としたアプローチである。しかも、「生産ではなく、消費あるいは利用の側に立つ学問」である%